ほらっ、何時までトボトボ歩いてるの。さっさと足動かす。」ガンヒョンに怒られながら、私とガンヒョンは駅に向かっている。

ソウルの寒い朝。

口から出てくる白い息は空に向かって上がっていく。

「あーーあ。会社に行きたくない。」

私が言葉を出すと、又白い息が出てくる。

「もーー、ウダウダうるさいぞ。大人は頑張って仕事に行く。」前を颯爽と歩くガンヒョン。

氷点下まで下がっているのに、ガンヒョンはリズム良く歩いている。

私はダラダラと歩きながら、止まったり、後ろを振り向いたりする。

昨日の夜から、電話やメールがいっぱい着ていたが、私は電源を落として無視した。

そして、泣き疲れて寝て、朝スマホの電源を入れると。

夜よりも多い、受信メール。

一つだけ開いてみると。

「お前の家の前にいるから、出て来て欲しい。」言う短い文章。

でも、朝4時以降には、一個も着ていなかった。

出勤する時も、周りを見たが室長の車は何処にもいなくて。

「家の前にいるって。やっぱウソだったんだ。」口がとんがった。

期待しちゃいけない。

もう、室長の事は頭の中から、追い出さないと。

ただの気まぐれで、男の苦手な私に付き合ってくれていただけなんだから。

自分に言い聞かせた。

泣き過ぎた目で目の前を歩く、ガンヒョンを見る。

なんてカッコいいんだ。

コートを颯爽と着こなし(中にはホッカイロを沢山貼ってるが)、長いロングヘアーはきれいに輝いていて、そして美人だ。

私がガンヒョンだったら室長は、からかわずにちゃんとしたお付き合いにいったんだろうな。


2人が仕事中に並んで、話をしていた時を思い出し、溜息が出た。

なんて絵になる、イケメンと美人さん。

対等に話し、そして室長の言い付けを、確実にこなしていくガンヒョン。


それに比べて私。

室長と並んでも子どもと大人だろうな。

そして、何度やってもヘマばっかり。

いつも怒られてばっかりどうして私なんか、きっと室長彼女さんに振られてむしゃくしゃしてたんだろうな。

あの店から走って逃げ出して、家に着いてからズーッと泣きっぱなしで、ガンヒョンを困らせてばかりいた。

結婚したいほど好きな人から断られて、直ぐに私と付き合おうって、変だよね。

絶対からかってるんだよ。

私が黙っていた事を彼女に話し、同意を求めた。


「それは確かに、変だけど。今の室長を見る限り、アンタの事好きだと思うけどなー。」

「自分の気持ちが判り、室長も私の事好きだと思っていた、でも今思えばちゃんと言われたことなかった。」


「そうお?アンタが微熱出して寝ている時、室長ちゃんと付き添ってくれてたんだけどね、アンタの事愛しそうに見つめていたよ。アレがウソなんてない。」

「・・・・。」ボロボロと泣きながらガンヒョンと話ししていると。

「ちゃんと室長から聞いてみよ。本気だったのか?それともからかっていたのか?」br>

「嫌だ。」もー泣き過ぎて、顔が浮腫みっ放しだ。

「シン・チェギョン。ちゃんと聞かないとダメだよ。振られようが、くつこうがちゃんと聞かないと次の恋にいけない。」ガンヒョンが私の顔を両手で押さえて言う。

「次の恋?」

「そっ、恋を忘れるのには、又恋しないとね。」

「嫌だもう恋なんて、したくない」布団に入った。

「チェギョン。」布団を揺さぶられた。









ようやく会社に着き、ダラダラと着替えて経理部に着いた。

就業時間よりほんの1分前に着いた。

だって出来るだけ、室長に会いたくないし。


「おはようございます。」とガンヒョンの大きな声に紛れて私も挨拶をしながら、中に入っていくと。

女子達の様子がおかしい。

皆、なんで泣いてるの?

「チェギョン。ガンヒョン。貴方達来るの遅すぎ。」

「何かあったんですか?」

泣きながら私の隣の先輩が「室長が今日付けで、秘書課に行ったのよ。貴方達の事待っていたけど。時間だから行っちゃった。」何十人もの女子が泣いていた。

オイオイ、オバサンまで泣いてます。

「何で?」

「社長が息子に席を譲るみたいで、仕事のできる人をチョイスしたみたい。」


「先週まで普通だったじゃないですか?引継ぎだってしてないし。」

「社長の息子がどうやら我侭で、直ぐに来いって言ったみたい。」

ガンヒョンと先輩の話を聞いている私は何も言わなかった。

「もーー、室長に会うのが毎日の楽しみだったのに。」

「そうそう、同じ経理部って言うだけで、皆から嫉妬されてたのに。」色んな人たちが集まり、室長の事を言い合う。

私一人、黙っていると。

「チェギョン、貴方黙っているけど、そっかー。チェギョンは室長は天敵だったものね。いなくなって良かった方だもんね。」

先輩の声を聞きながら、私はボーっとしたまま席に着いた。

何時ものようにパソコンを立ち上げ、四葉のクローバーの画面を黙って見ている。

そして、今日の業務内容のとこを開いたが、そこには何もなかった。

毎日、室長からの一日の仕事内容が人それぞれに送られて、皆その通りにこなして行った。

何十人もの仕事量を室長は把握して、指示を出していた。

何時もの仕事の指示がなくて、私は初めて実感する。

室長がいない。

室長の机を見ても、誰も座っていない。

朝礼の時間なのに、女子は泣いてばかりで、男子が困っている。

男子もいつも室長に頼りきっていたので、今日からの業務をどうしたらいいのか、悩んでいた。

室長がいないだけで、この経理部は大変な事になっている。

私の手は自然に動き出す。

4月からずーっと怒られ、嫌味を言われながらも、身に付いた仕事をこなしていく。

室長がずーっと私達に教えてくれた事を、やらないと。

私のパソコンのキーボードを打ち込む音が響き渡るように、段々皆各自の机に座り仕事を始める。

室長が教えてきた事を、そのままやっていれば大丈夫。

室長は私達を信じてくれたから、引継ぎで教えなくても。私達なら出来るって、信じてくれてる。

先輩もようやく席に座り「室長は私達を信頼してくれてるんだよね。それの答えないと。」

「でも、シン・チェギョン。貴方泣いてるわよ。」

「えっ?」

私は自分の頬を触ると、冷たい。

泣いてる。

「泣きながらキーボード打ってる。大丈夫?」

「大丈夫です。」どうりで視界が悪いなーと思っていた。

慌ててハンカチで涙を拭いた。

又、パソコンの画面に向かい、キーボードを打ち始める。

 

 

 

 

 



午前中の仕事を終え食堂に向かう時、ガンヒョンがポツリと言った。

「アンタ、朝カッコよかったよ。何時もは室長に怒られてばかりだったのに、チェギョンが一人でパソコンを打ち始めたら、皆仕事し始めたね。」

「ただ室長がいつも教えてくれた事をしただけだよ。」

「室長がいなくなって寂しい?」

「わかんない。余りにも突然で。」

「ふーーん、ねえ知ってる?秘書課って美人のお嬢様達が多いんだって。」ガンヒョンがニヤニヤして言う。

「・・・・。」ガンヒョンを睨む。

「室長もてるだろうな。」笑う。

「室長がもてようと、関係ないよ。」プンプンしながら歩いていると。

先に行っていた先輩達が慌てて、走ってきた。

「ちょっと、新しい社長って。とにかく!!早く来て!!」とガンヒョンと私は腕を引っ張られた。

すると、食堂を視察に来た軍団が歩いてくる。

「ギョン?」ガンヒョンの驚きの声。

ガンヒョンの彼氏を筆頭に、色んな重役のおじさん達が歩いている。

そして、その最後尾に室長と確かカン・インさん。

まさか。

その軍団達が通る度に、自然に道が出来た。

新しい社長を見ようと、皆ひしめきあう。

遠くから私とガンヒョンは、この不思議な光景を見ていた。

昨日まで、手の届く人だったのに、今はもう傍にも寄れない。

「ギョンがこの会社の社長?」驚きすぎているガンヒョンは、いつもみたくしっかりしていなかった。

私はガンヒョンの手を取り、ぎゅっと握ってあげた。

「ギョン君が新しい社長だなんて、ビックリ。」

「チェギョン、どうしよう。」

震える彼女を支えながらも、私は隙間から室長を見続ける。

大御所の最後尾にいるはずなのに、堂々と歩いている姿は、堂に入っている。

そうだよね、あんな何でもできる凄い人だもの。

経理部で終わるなんて筈がない。

ドンドン出世していって、どこかのお嬢様と結婚するんだよ。

私の事なんて忘れてしまうに違いない。

ボーっとその軍団達を見送っていると。室長がこっちを見た。

 

私は慌てて人ごみに隠れて、隙間から室長を見る。

少しばかり探している目。

昨日は直ぐ傍にいた室長、今日はもう手の届かないとこにいる。

私は、通り過ぎていく軍団をただボーーッと見つめていた。

その軍団が食堂から出て行き、皆バラバラと散らばり食事を始めた。

私は空いてる席に、ガンヒョンを座らせ、水を持って来た。

「ガンヒョン、水飲もう。」差し出すコップをギュッと握り締め、彼女は一気に飲んだ。

フーーッと溜息を付き、笑い始めた。

「参ったなー。アイツがそんな大物だったとは。」

明るく話し始めたガンヒョンの手をギュッと握ってあげる。

「遊びだったから、次の恋までの繋ぎだったから。」笑っていた。

私はガンヒョンの手を両手で包み込み。

「ガンヒョンって、遊びで付き合わないよね。ちゃんと好きにならないと、付き合わない。」

グッと顔を赤らめる。

そして俯き「どうしよう、社長だなんて、此処の会社グループ何千人もの頂点なんて。ありえない、あんなヘラヘラしたヤツが。」

「じゃあ、しっかりモノのガンヒョンが傍にいてあげないと。」私は力強く言う。

「何言ってるの。社長だよ。こんな今年入社したばかりの社員なんか、相手にもしない。」

「ちゃんと、ギョン君と話しして、ギョン君あんなに何時も「俺の白鳥」って叫んでいたから、心底ガンヒョンの事好きだよ。」手を撫でて安心させる。

ガンヒョンは深呼吸をして、私を見つめた。

「チェギョン、ありがとう。大分落ち着いた。」

ガンヒョンが落ち着き,ホッとした私は、記憶を戻っていた。

此処の会社のTOP達の最後尾に居ながら、颯爽と歩く室長カッコ良かった。

ガンヒョンには悪いけど、ギョン君より室長の方が社長って言う言葉が似合ってる。

だって、今日もあんなにフェロモン漂わせて歩いている姿に、女子たちは皆頬を染めキャーキャー言ってたもん。

ちょっと前までの私なら、フン!!って言ってたけど、今なら彼女たちの気持ちが判る。

でも、もうこの気持ちを終りにしないとね。

「さ、ガンヒョン。ゴハン食べよ。お腹へってたいへーーーん。」彼女を無理矢理引っ張って、食券機に走り出した。