一流ホテルの経理部。

今日も、イ・シン室長の声が響き渡る。

「シン・チェギョン!!」

「はい!!室長!!」

私は氷の室長の声にビクビクしながら、カレの傍に行った。

「お前、ここの部署に来て、何ヶ月になる?」カレのメガネの奥の瞳が光ったような気がした・・・。

「・・・はい・・・、半年になろう・・かと・・。」

「声が小さい!!」

「じゃあっ、もうプロだよなーー。給料だって貰っているんだから、プロだ!!なのに・・なぜ?ここが間違ってる!?」と書類を持ちカレは指差す。

私は慌てて・・書類を見ると確認すると・・・・、冷や汗が出てきた。

「お前は毎日オレの仕事を増やしてくれるなー・・。お前の給料オレに寄越せ!!」と書類を投げられた。

「今日、午前中に提出!!」

「えっ!?室長!!今は、11時半です・・?」

「聞こえなかったか?午前中?」

「はい!!判りましたーーー!!!」と慌てふためいて、机に戻った。


何とか、書類を作成し直し、提出したら・・、OKを貰った。鋭い目つきと共に・・。

ヒ~~~イッ。



社員食堂に何時もの4人と言って、話しながらゴハンを食べていた。

「全く・・・、アンタも懲りなくイ・シン室長に怒られているわね。」高校の時からの友達ガンヒョン。

「聞いてるこっちまで、ビクビクしちゃうよ。」この部署に来てからのお友達の2人。

「すいません・・。」と私は小さくなる・・。

「マッ、ドジなアンタがこの部署に来た事が、一番の不思議だね。」

そうなのだ・・・、私はホテルの裏方・・・希望だったのに・・・なぜか?経理に・・・。


確かに専門学校では、全部の分野を習ってきたが・・・。

所詮、ガンヒョンと違い、完璧じゃない私は・・・。

この経理部の氷の室長に、毎日怒られていた。

「でもさーーッ、イ・シン室長って・・・カッコイイよねー」

は?今何て・・?

あの氷のメガネ男の何処が?

「だって、何時も髪の毛セットして、メガネ掛けて・・、それに上質なスーツ!!カッコイイ」目の前の2人は笑い合う。

「まッ・・・イケメンの部類に入るかもね・・。」ガンヒョンがさらりと言う。


「はっ!!皆どうしちゃったの?あの顔が・・?私には日本の般若のお面のように見えるわよ。」と食べ終わったビビン面の皿をお盆に載せて、返却口に持って行こうと歩きだした。
「ちょっとチェギョン!!これも~~。」と二人の声が聞こえて私は後ろを振り向いた。

するとドンと誰かとぶつかってしまった。

「あっ!?ごめんなさい!!」と慌てて顔を戻すと目の先にはネクタイが見えた。

自分との身長差がある人だなーと・・・・、横を見ると・・・、ビビン麺の真っ赤な汁がその人の高そうなスーツに・・・・。

ビックリして見上げると・・・。

アーーーーッ、氷の室長ーーー!!

「お前・・。オレにいつも怒られているからって。」とめがねの横にある血管が浮かび、ピクピクしていた。

「ヒーーーーッ!!」と青ざめ、震えだす。

すると・・、横にいた男の人が「シン!!そんなに怒るなよ。どう見てもワザとじゃなかったし、許してやれよ。」とその人は言う。

あ~~いい人!!

「フン!!」とカレは上着を脱いで、私に投げた

「クリーニングに出して来い!!それで許してやる。」と行ってしまった。


室長と一緒にいた人は、バイバイと手を振り行ってしまった。

さっきまで私の起した事でざわついていた食堂が、元に戻っていく。

「チェギョン!!アンタって言うヤツは!!でかした!!」2人は同時に叫ぶ。

「我がホテルのイケメン2人と、お話が出来たなんて!!まッ、片方からは怒られっぱなしだがね。」

「イケメン?」

「アンタの事助けてくれたお方は、カン・イン氏、秘書部にいるんだから、あのお方とお近づきになりたい!!」

「出来る事なら、どちらかと結婚したい」とキャーキャー騒ぐ二人。


私とガンヒョンは呆れ顔。

「あの氷の室長と結婚!?ありえないって・・・、あんな般若の顔で愛を囁くなんて・・。」

「あっ、室長には付き合っている人いる筈だよ」とガンヒョン。

「えーーーっ!?」

「私が知ってるくらいだから・・・、もう堂々としているみたいだけど、ほらっ、あの韓国一のバレリーナーのミン・ヒョリンだって。高校の時から付き合っているみたいだよ。」

「えっ?あのバレリーナー!!キレイだよ、なんで、うちの室長と!!」


「世間じゃ、お似合いのカップルって言われているのに、アンタ興味・・・・ないよねー・・。」

そう、私には中学校の時から好きな人がいる。

イ・ユル君

彼が親の都合でイギリスに行くことが決まり、嫌な私達は駆け落ちまでした。

でも、所詮私達は・・見つかってしまい・・、大人になったら迎えに行くという彼の言葉を信じてこの年まで、処女のまま、彼に全てをあげようと守っています。

「夢見る少女だもんね。アンタだって、すごいもてるのに・・・。」と呆れる。

「ガンヒョンの方がもてるって・・、あっその言葉遣いが・・。」

「シン・チェギョ~~ン!!」

「ひゃ~~~っ!!これクリーニングに出してくるねーー」と、私は室長の高そうな上着を持って走った。

一人でエレベーターに乗っていると、上着からビビン麺のニオイと室長の良い香りがこの小さな部屋に広がる。

室長から香るこの香り・・人は嫌だけど・・・香りは好きだなー・・。

でも、ビビン麺のニオイが邪魔。



仕事も終り、今日は誘われ合コン。

一流ホテルなので、男の人たちもそれなりなイイ男たち・・・そして・・良いレストラン・・。

参加した女子達は私の事情を知っているから、頭数の面倒な私。

食べるの食べちゃったし・・、どうにかして帰ろう・・・。

私は盛り上がっている席の中、トイレに立った。

個室の扉を開け歩いていると、一つの扉のドアが少し開いていた。

なんでも好奇心な私は、どんな人がいるのかなーと覗き込む。

恐る恐る近づくと・・、あれっ?

この声は・・・・?

「・・・・・・・・オレと結婚してくれないか?」

イ・シン室長ーーーー!!の声・・・。

私は自分の口に手を当て、ビックリする。

室長・・・・。

何時も私を怒鳴ってばかりの室長から・・そんな声が出るんだ・・・。

甘く囁く声は・・・、今まで聞いた事がなかった。

「ゴメンなさい・・。バレエに人生かけているの。シンの事は大好きだけど、結婚は考えられないわ。このままじゃダメ?」




あの室長が・・・断られたーー!!彼女さんに甘い声を出すのもビックリしているのに・・・。

普段からオレ様気分の室長が、プロポーズをお断りされるなんて・・・。


私は唖然としていたら、彼女さんが急に立ち上がり、部屋を出て行こうとこっちに向かって来た。

あわわわ~~っ。

急に観葉植物の陰に隠れる私。

彼女さんが立ち去り、私はホッとした。ばれなくて良かったー。

そして・・・、見なくてもいいのに、室長がどんな顔でいるのか知りたくなり、覗き込んだ。

椅子に座り、指輪が入っていたと思われる箱を手に取り、ボーッとしていたが、タバコを取り出し火を点けた。


ネクタイを緩め、心ここにあらずな室長・・・。

初めて見る・・弱りきった室長の顔。

って言うか・・・メガネとってたんだね・・。

彼女さんには、本当の姿を見せるんだ。

私には冷たいメガネ姿しか見せないくせに!!


あっ・・・。

涙・・・・。

室長の切れ長の目から、一筋の涙が落ちていた。

私は急にこの場所を離れたくなり、外に飛び出した。


男の人の涙を始めて見てしまった・・・。


それも嫌いなイ・シン室長の・・・・。

室長の弱いとこを見たくなかった。

カレには、いつでもオレ様でいて欲しかったのに・・・・。


次の日、会社に行くと・・・室長の席が空いていた。

「あれ?室長は?皆より早く来るのに・・、珍しいね。」

「イ・シン室長は休みみたいだよ。」ガンヒョンが自分のパソの電源を入れながら呟いた。

「マジで!?初めてじゃないの?」

「そうみたいだね。アンタも今日は怒ってくれる人がいないんだから、ヘマしないように!!』指を指された。

昨日の事を思い出した。

あの堅物も・・・。

彼女に振られると・・、会社休むんだね・・・・。

恋なんか出来ないロボットだと思っていたのに・・・。


午後になり、クリーニングを取りに行った。

室長の上着は綺麗になり戻ってきたが、あの良い香りはなくなっていた・・・。

幾ら、クンクン嗅いでも匂ってこない・・・。

あの香り、好きなんだけどな・・・。

室長のいない経理部は、物静かで活気がなかった。
ここの経理はカレが動かしていたので、いないとどこか変だった・・・。

嫌な上司だけど・・・、室長・・・早く出てきて、上着のクリーニング出来たんだよ・・・。



次の日、室長が来ているのを早く確かめたくて、何時もギリギリに来る私なのに・・・、30分も早く来た。

誰もいないと思い、扉をバーンと開けたら・・。

「うるさい!!」というイ・シン室長の怒鳴り声。

「イ・シン室長!!来たんですね!!」と近寄る。

「シン・チェギョン!!オレが昨日休んで嬉しかっただろう?怒るオレがいなかったんだからな!!」と意地悪く口元を上げた。

「そんな事思っていません」本当は最初思っていたが・・。(汗)

急に室長が私の顔をマジマジと見つめた。


「シン・チェギョン・・・。オレと付き合わないか?」と顔を近づけてきた。


あっ、この香り・・・、大好き・・・。

ふわ~~んとこの香りにずーっと包まれて・・・。

今何て言ったーーー!?

「室長ーーー!?今何て・・・?」

「オレと付き合わないかって・・・。」経済新聞を見ながら、シレッと又言った。



「お断りします」と言う言葉はこの部屋に響いた。