セカンドライフ | アラ還 ~ 毎日が日曜日

アラ還 ~ 毎日が日曜日

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 定年退職をしたならば、囲碁を一から勉強し直そう、好きな作家である伊坂幸太郎、森博嗣、東野圭吾、内田康夫、西村京太郎、村上春樹、佐伯泰英などの本を読もう、テニスをしよう、畑で野菜を作ろう、あれもしたい、これもしたいと楽しみにしていた。
 退職して日が経つにつれて、本を読む、テニスをする、囲碁をする、野菜を作るのは楽しく充実しているが、この生活を死ぬまで続けるのかと、物足りなさを抱き、男の平均寿命が80才に近い長寿社会において、長い余生をどう生きるか模索する日ができてきた。そんなとき、誘われて現役時代に馴染みであった居酒屋へ行った。
 退職前に勤務していた会社の先輩であったM氏、後輩であったN氏、W氏の4人が集まった。
 近況を報告し合う中で、定年退職後も再雇用されて勤務を続けるM氏は、「私は生涯、人のために生きる」と意気盛んであった。
 M氏は、地域の役員もしているそうだ。土・日は、地方祭、運動会、地域の道路の清掃、子供会活動など多種多様な行事の準備と実施に結構忙しいとのことである。

 生き生きとしたM氏を見ながら、以前読んで、記憶に残っている二つの新聞記事を思い出した。
「近頃のニュースは暗いことばかりですが、厳しい現実に立ち向かって努力している人、どんなときでも誠心誠意頑張っている人がたくさんいます。
 大きな壁にぶち当たったとき、誰かに出会い解決したという経験がある人がいるでしょう。 私たちはみんな一人で生きているのではありません。自分一人だけということは絶対に有りません。お互いに助け合って、自分に縁のあるところで人のためになるように行うことが自分自身を高めていく助けになるのです。自分は一人ではないと信じ、自分と誰かのために尽くせる生き方一緒に探しましょう。……」

 もう一つは
「今までいくつかの苦難もあったが、趣味を持ち、頑張っていたものの、ふと自分は今から何のために生きていくのだろうかと思うことがある。衰えていく体への不安を思うとき、何を楽しみに、どう生きていけばいいのか、試行錯誤の毎日であったが、たまたま新聞で見た『なぜ生きる』という本を読んで、考えた。残り少ない人生を、くよくよするのは何のためだったのだろう。もっと前向きに明るく生きてみよう。今から自分への挑戦である。……」

 さらに、古代インドの人生についての考え方を述べている五木寛之著の「人間の覚悟」の中の一説も思い出した。
 いずれも私が、「アラ環」だから記憶に残っているのであろう。
「人生を100才までとすると、25才くらいまでは、様々なことを学び、トレーニングを積む期間である。それから50才くらいまでは、結婚して子供をもうけて家族を養う期間である。この期間は社会人、家庭人として多忙な期間である。そして、75才くらいまでは、今一度人生を振り返って自分の生きたいように生きる。できれば自分のために働くのを止めて、無償でも人のためになることをする期間である。75才からは、とことん自分を見つめる。そしていつ来るかもしてない死を前に自然に回帰していく時間である。」

 私は思う。「人生の後半は、前向きに明るく生きよう。そして、自分の人生を見つめ直し、自分に挑戦してみよう」と。