だいぶ涼しくなって、まだ8月なのに七分袖やカーディガンを着ている人が増えました霧

でも9月に入ったら暑さが戻ってくるそうです・・炎

 

猫たちにとっても、今くらいの気候がちょうどいいんだけどなオッドアイ猫

春と秋が長めだと人間も快適ですよねデレデレ

 

心も涼やかに過ごしたいものです星

 

しばらく更新が止まってしまいましたあせる

久々ですが、どうぞよろしくお願いしますニコ

 

 

 

***母というひと-069話

 

 前話で、母を支えて自分のことを後回しにし、母が幸せになるのを信じて全力で頑張った、と書いたが、よくよく思い出せばそれはここから先の話だ。
 両親の離婚に関しては、父の意見を聞かず、母の意思のみを優先したために、いつも何か引っかかる気持ちがあった。
 それを押しのけたのは、母の不安定さだ。
「離婚できなければ死ぬ」、そう言い続ける母を前にして、拒否する選択は私には許されなかった。

 

「死にたい」「死ぬ」という繰り言は、時として周囲への脅しとなる。
 いくら親子でも命を盾に脅迫されているような気分は、そう良いものではない。

 それでも、(死なれるよりはマシ)と思う気持ちを捨てられるわけもなく、自分の迷いは後回しにするしかなかった。

 

 晴れて離婚を果たした母。
 私は彼女が開放感を感じ、生まれて初めて誰にも縛られず、命令されず、怯えずに生きる時間を満喫できるのだと信じていた。
 母はきっとそれを望んでいるのだろうと。

 

 

 離婚は成立したが、私は相変わらず数日おきに母を訪ねて続けた。
 母が「寂しい」と言うからだ。
「今まで通り来てくれんかね」と頼む母の表情は、頼りなく、暗かった。
 離婚できて良かったねと話しかければ「あんたのおかげじゃわ」とニッコリと笑うのだが、私が帰る時にはやはり寂しそうな顔になる。


 当然だ。
 誰にも頼らずに暮らす孤独を、60歳を超えて初めて体験するのだから、どうしようもなく寂しいというのが本音だろう。

 自分が手を貸したことでもある。
 ここまで来たら、母が落ち着くまでは支えよう。そう決めた。

 

 それで、同居人に話をした。
「母も不安定だし、結婚願望が出てきた。
 きちんと結婚して母を安心させたい」と。

 

 私の予測では、責任を取ることなんて考えていない彼は、別れを決めて出て行くはずだった。
 しかし「そうか」と答えただけで、そのまま返事をしない。
 私は母のことで頭がいっぱいで、答えを急がせなかった。
 それがこの先、裏目に出ることとなる。が、それはもう少し先の話だ。

 

 母の食欲は、どんどん落ちて行った。
 離婚してスッキリしたかと思っていたのに、日を追うごとに笑顔がなくなって行く。

 

「夜になって暗くなると、どうしても思い出すんよ。
 あん奴(あいつ:父のこと)と女が二人で楽しんどったかと思うと、気が狂いそうになって苦しいんじゃ」

 そんなことを言い出した。

 

「思い出したらいかんよ。テレビつけたりして、気を紛らわしてみてん。
 私に電話してくれてもいいけん」

「そうじゃなあ、いけんなあ」

 

 母は途方にくれた顔をするばかり。
 私は精神的に不安定な人に対する接し方の本を読んだりし始めた。


「嫌なことを思い出したら、日記を書くと良いらしいよ」
「散歩とか、体を動かすと良いらしいよ。またサークルに通ってみたら?」
「花を飾るのも良いらしいよ。花瓶を買ってこようか」
「ロウソクを点けて、その火に向かって嫌なことを言うのも良いらしいよ」
 などと、メンタルケアの方法を何かしら見つけては片っ端から母に教える。

 しかし、そのどれ一つも母は出来なかった。


 そして本当に深夜に電話がかかるようになった。

 

「たまらん、どうしても忘れられん。

 頭に浮かぶんじゃ、あん奴が遊びよる姿が。もうおかしゅう(おかしく)なりそうじゃわ」

 そんなことを泣きながら訴える。

 

 それで昼に夜にと出向き、連れ出して食事を取らせようとすると、飲んだり食べたりしながら父への罵詈雑言がとめどなく溢れ出すようになった。
 それはそれはエグい内容を、声も潜めずに延々話し続ける。
 性的な話まで聞かされる時にはさすがに内心、吐き気を感じることもあったが、私の様子など母はお構いなしだった。

 

 何度も周囲を見回し、隣の席の人にそんな汚ならしい話が聞こえていないか、母の存在が店の中で不快分子となっていないかを確かめる。
 機嫌が良ければ人並みには食べるが、悪口が止まる訳ではない。


 母をケアするために出かける気持ちを立ち上げるのが少しずつ難しくなり、途中から「美味しいご飯を食べるため」に目的をすり替えて通い続けた。

 母の話を受け止められるのは私しかいないのだから、嘘でも、気を紛らせてでも、聞くフリだけでもいい、とにかく母に吐き出させるのが良い方法だと思っていた。
 いや、それ以外に思いつかなかった。


 そうするうちに、母は私の顔を見れば即、父の悪口が出てくるようになった。パブロフの犬か。

 

 ある日、父が家に何らか必要になったお金を取りに来たところと鉢合わせた事があった。
 母が、銀行に振り込まず家まで取りに来させたことにまず驚いたが、家の入り口前で偶然に会った父が、開口一番私に言った言葉にさらに驚かされた。

 

「母さんが彼女に電話しとるだろう。あれをやめさせてくれ」

 

 父は私が知っている前提で言っているが、私は初耳だった。
「そんなことしてるの?!」と聞き返すと「おう、毎晩電話してずーっと責め続けるらしいんだよ。お前さんやめさせてくれ」と辟易した顔を見せる。

 

 父も堂々としたものだ。
 離婚したとはいえ、母が愛人にかける嫌がらせ電話を娘に止めさせてくれと頼むとは。
 嫌味のひとつでも返したかったが、母の行為が褒められたものでないのはよく分かる。
「分かった。話してみる」と短く答えた。

 

 しかし母は、その電話について全く悪びれる様子がなかった。
 それどころか相手の女性の悪口まで始まる始末だ。


「私が話しとっても、あの女はうんともすんとも返事をせん。聞いとらんのじゃこっちの話を」
「そうかと思うと、"奥様が離婚なさったんだから私が三崎さんと結婚します"やら言いよる。謝りもせんのじゃけん、まともな女じゃないわ。
 もう腹が立って腹が立って」

 

 私は言葉も出なかった。
 浮気されて離婚して、愛人の連絡先が分かっていると来れば何かしら文句の一つも言ってやりたい気持ちになるのは仕方がないが、母は感情のコントロールが元からできないわけで、きっとヒステリーをそのまま出して相手にぶつけてしまっているだろう。

 

「でもね」
 どう言えば、母を落ち着かせられるだろう?迷いながら声をかける。
「あんまりやると、相手から訴えられる可能性だってあるんよ」と言ってみると
「なんで私が訴えられるんかね!悪い事をしたのは向こうじゃろうが!」と目をむいて怒鳴られた。失敗だ。

 

「もう離婚も成立したし、こっちから言えることはもうないとよ。慰謝料も受け取ったろう?」
 愛人へ請求できた慰謝料は100万円。それは弁護士の費用にあっけなく消えて手元に残らなかった。
 母としてはなんの復讐も果たしていない気がしておさまらないのだろう。

 

「私ゃやめん。あの女、普通の人間じゃないわ」
「受話器を置いとるんじゃ、絶対。あんな横着するやら許せん」
 

 

 

 被害者は時として、簡単に加害者になり得る。
 母は相手の女性に対して、その一歩を踏み出しかけているように見えた。
 嫌がらせの電話が常識を超えた回数になれば、相手の出方によっては逮捕されることだって有り得るのだから、なんとかしてやめさせなければならない。


 私は父に電話をかけて「あれは止まらないだろうから、電話線を抜くとかして、とにかく出ないようにするしかない」と伝えた。
 父は、おう、と返し「伝えとこう」と答えて電話を切った。

 

 なんで私が、父の愛人にアドバイスなんかしてるんだろう。
 電話を切った後、妙な気持ちが込み上げてきて、ひとしきり、笑った。

 

***続く

普通と自称する母の、普通とは言い難い人生を綴っています。
000047話は、母の人生の前提部。
051話からが、本編と言える内容です。