南九州の雨が心配です…

皆様どうぞ、無理なく早めに避難をなさいますように

 

とは言え、私も川べりの家に住んでいて

もしもの時、猫が隠れてしまったらどう探すか

どうすれば安全に避難できるか、ずっと悩み続けています

 

被害がこれ以上広がりませんように・・

 

 

 

 

 

 

***母というひと-064話

 

 探偵Tの動きは素早かった。
 そして濃度が高かった。

 

 張り込みは私が丸一日フリーの日に行いたいと言う。
 なぜかと聞けば、逐一報告の連絡を入れるからだと答えた。

 前の探偵事務所は、『お任せ下さい』と胸を張って言い、そこから先は依頼主を待たせるだけだったので、これにはひどく驚かされた。


 依頼主は数日分なり依頼期間分なりの報告書を受け取るだけではないのか?

 少し調べた限りでは、多くの探偵事務所は、前事務所のやり方に近いように思う。
 その方が事務所に都合よく動けるはずだ。
 逐一連絡すれば電話代や時間がかかる。利益を出すためにはコストカットできる部分は積極的に削りたいだろう。
 そしてまた、あまり密に連絡を取りすぎると、中には不要な口出しをし始めるクライアントも出てくる可能性がある。

 

 しかしTは違う考えを持っていた。
『報告書は全部終わった後にまとめて送ります。
 張り込み中の動きは直接お伝えしますから、もし動きがあった時には、どうしたいか、その場で指示を下さい』と言うのだ。

 

 私はにわかに緊張した。
 コトが起きた瞬間に、私に冷静な判断が下せるのか?

 自信もないし、どんな事が起きるか想像もできなかった。
 この緊張感が、初めて私に "父を追い詰めている" という実感を抱かせる。

 

 電話を握りしめながら、胸の奥がわずかに震えるのが分かった。
(これで良いんだろうか。本当に?)

 今さらもう一度自分に問う。


 これはTからの、『依頼主として当事者感を持て』というメッセージにも思えた。
 カネだけ払って、ヤラセっぱなしで良いものと悪いものが世の中にはある。

(これは悪い方だ)

 そう直感した。


 本当は自分がしようとしていることを自覚しながら、事を進めるべきなんだろう。
 見たくないものを見るかもしれない、それでも真実を知りたいのかどうか。

 でも母は直接のやり取りは「絶対できない」と言い張るし、今は、こうするより他に彼女の気をおさめる手段が無い。

 

 私が少しでも戸惑いを見せると、母は苦しげに顔を歪め
「あんたには悪いねえ。
 じゃけどな、このままでは私は生きて行かれんわね」と泣く。

 

 バカのひとつ覚えみたいに「大丈夫だから」と
 何が大丈夫なのか分からないまま繰り返す虚無感は、少しずつ私の気力を削いでいた。

 今さら後戻りなんかできるわけがない。
 一刻も早く決着を付けなければ、そのうち自分が疲弊する。

 

 ごくりと空気を飲み込み、私はTに「分かりました」と答えた。

 ここに、当時のノートがある。
 Tが父を追った最初の1日目を、少しだけ抜粋してみよう。
 やり取りは全て電話での会話で、聞きながら残した走り書きだ。

 

09:18
今から(調査を)始めます。
改めて前の調査報告書を見たが、まるで使い物になりません。
 出入りした店の看板写真を載せているが、本人が写り込んでいない。
これでは証拠にならない。
いくつかの場所の写真を撮り溜めしておいて
行動をデッチ上げて報告書の内容を水増ししていた可能性あり。
09:51
前の事務所が突き止めた相手のマンションですが、出入りしていると書かれていたB棟は4階までしかありません。
 報告書では9階まで行っていると何度も書かれているが嘘ですね。
もし前の事務所の人に会うことがあるなら、「毎回、車何台、人何人でついていたか、お父さんが敷地内をどう動いていたのか」を図に書いて説明させてみるといい。それで違う点をはっきり指摘して10万でも20万でも返してもらわないと、あまりに杜撰過ぎます。
10:20
前の事務所が登記を調べたと書いていた部屋番号が2つありましたが、なぜ他の部屋を飛ばして、その2つを調べたのか甚だ疑問です。
アタリもついていない段階でこれはおかしい。
自分なら報告書には、まず住所と建物名、入り口や建物の形状など、現場の状況を詳細に記すが、前の報告書にはそれが一切ない。
敷地に入るにも合鍵が必要なオートロックの作りになっている。
こんなことも書かれていない。彼らはどうやって中に入ったのか?
とりあえず、お父さんの家に戻って張ってみます。
10:44
ゴミ袋を持って出てきて、ゴミを出してそのままジムに入った。
もう一度相手のマンションへ行きます。
11:48
入り口入ってすぐにA棟のポストがある。
B、C、D棟のものは見えない。
前の事務所が書いていた部屋番号は2つともどうやらA棟のもので、両方とも名前を書いて貼り出してある。片方は〇〇〇〇(男性)。
これも報告書には書かれていませんね。
もしかしたら、見えた部屋番号を適当に書いただけかも。
昼間なのでゴミが拾えなかった。次の機会を狙います。(後略)
13:59
お父さんはジムを出ました。
ジムの名前はK。途中で酒を買って来たようだ。店の名前はC。
 --(中略)--
1時間に一度はビデオを回して日時も記録していきます。
本人の姿を捉えて時系列で残していかないと いざという時に言い逃れをされるだけですから。

 

 だいぶ長くなってしまったけど、これでもごく、ごく一部。


 ほんの5時間で前の報告書の嘘が次々暴かれる様子に、始めこそ「ええ?!」とか「ひどい……」などと反応していたが、途中からもう呆れて驚きも出なくなっていた。

 ほんの少しの嘘を混ぜて内容を盛り、調査期間を引き伸ばして不当に金を払わせようとしていたのではなく、要は、ほとんどがデタラメだったのだ。

 

 Tは、使えない報告書のどこをすくい上げ、どこを切り捨てるか、経験と勘で切り分け、時に私に意見を求めてきた。

 父への後ろめたさがTの働きによって薄くなり、途中から、真実を突き止めることへの興奮が勝り始める。

 

 Tは迷わず、淀みがなかった。
 嘘だらけの報告書に撹乱され、思ったよりも時間がかかったが、なぜ時間がかかるのかの説明も逐一受けた。

 そして相手が判明したのは、行動開始から、ちょうど10日目だった。     

 

***続く

 

 

 

これはnoteから転載している、母の人生の物語です

ここまでの話はnoteで読めます

 

母というひと-001話(母の誕生から結婚生活まで)

母というひと-048話(私が家を出て、また戻るまで)

母というひと-051話(私が戻った後の母の人生)