母は、着物を買うのが好きでした。

30代くらいまでは、日常でよく着てました

 

息子の大病でお金がなくて

寒い冬をしのぐには、洋服より着物が良かったんだそうです

 

預けられた母の着物をどうするか

もう10年も迷っていましたがショボーン

 

子供の頃によく見ていた母の羽織を

思い切ってリメイクすることにしました祭

 

メルカリで出会ったリメイク作家さんに託しています

仕上がりが楽しみセーター

 

実は・・母の服を借りることさえ

長い間、嫌でした。

ここに来て、何か気持ちがひとつ、落ち着いた気がします流れ星

 

 

 

***母というひと-059話

 

身の回りの片付けを済ませた母は
死んだ時に自分の身元が分からないよう
保険証やクレジットカードを財布から抜き
現金だけを持って札幌行きの片道切符を買った。

 

家を出る時に、父に電話をかけ

「今から死にに行く」と告げたそうだが

それに対して父がなんと返事をしたのかは話してくれなかった。


着替えも持たず

ハンドバッグひとつで飛行機に乗り込むときは何を思っていたのだろう。

 

私に「家に来て」と電話をしたのは
これから失踪しようという瞬間だった。

これが何月だったのか、私には思い出せない。
それほど記憶が混乱している。


冬だったことだけは確かだ。

 

「飛行機を降りたらもう夜で、雪でぜーんぶ真っ白でなあ」
九州育ちの母には、生まれて初めて見る北国の景色。
死への旅の話をし始めたはずなのに

札幌の風景を思い浮かべると表情が少し明るくなった。

 

「コンビニエンスストアで薬を飲むためのお酒を一本買ってな

どこで死のうかと思って歩きよったらおおーきな公園があったんよ」
両手をパーに広げて、子供のように「大きな」を表現する。

 

コンビニで買ったのはワンカップ酒。
そしてバッグに、薬局で買ったらしい一瓶の睡眠薬。
母はそれで「死ねる」と思ったらしい。

 

公園に入り、雪が積もる中に座り込み

睡眠薬を全部飲み干した。

 

「お前のせいじゃ、浮気なんかして。

 なんで私がこんな所で死なんといかんのじゃ!」
「おやじさん(母の父、私の祖父)見とるかえ?

 あんたが女遊びばっかりしたツケじゃろうが。

 親の因果が子に報いたんじゃわ。

 娘をここまで不幸にして、どんなつもりかえ!」

 

思いつく限りの罵詈雑言を、自分の夫と早逝した父親に向けて叫び続けたらしい。

感情の爆発が止まらず、生まれ故郷の方言が溢れた。
泣きながら文句を言い続け、
そしてそのうち、眠ってしまった。

 

「そしたらな。
 なんか明るくて目が覚めたんよ」

 

雪の中に倒れるように横たわっていたらしいが

明かりを感じて目を開けたら
「目の前に色んな照明があって綺麗でなあ」

どこかうっとりとした眼差しになる。


「ほら、人形とか花とかを光で綺麗に飾っとるようなのがあるやろう?」
「イルミネーションみたいなやつのこと?」
「そうそう。そんなのがいーっぱい並んどるんよ」

 

母に笑顔が戻る。

 

「あんまり綺麗なんでじーっと見とったら

 目の前にあった紙がひょこんと立ち上がってな

 人というんかな、星みたいな形でな、歩き始めてなあ」

 

母の目はキラキラしている。
本当に見たものを思い出している目だ。

 

しかし私にとっては

言われた通りにはとても想像しがたい情景だった。


(星の形をした紙が?ひとりで立って歩く??)

 

「それがな、光が両側にある道をな、スーッと歩いて向こうへ行くんよ。
 どこ行くんかねえと思って付いて行ったら、大きな通りに出てな」

 

母の言葉が一瞬淀んで、体裁が悪そうに小さくなった。
「……警察に止められたんじゃわ」

 

「は?警察?なんでいきなり」

 

「私は知らん間に高速道路に入って歩きよったらしい」

 

「ええ?」

 

「パトカーに乗せられて

 『奥さん、こんな所を歩いちゃいけませんよ』って言われたんじゃけど

 私はそんなところに入った記憶がのうて(なくて)なあ。

 誰かが通報したらしいんじゃけど、横を車が走っとったのも知らんかったんよ。
 それで、『今きたところに、光が綺麗に飾られたところがあったでしょう。

 そこから歩いてくる星の形みたいな光を追いかけてきたんですけど』って言ったらな

 ケイサツが二人おったんじゃけど、二人とも変な顔をするんよ。『そんな所はないですよ』って」


「そいでな、『どこから入ったんですか』と聞かれたけど思い出せんし

 どこから来たんか聞かれてな、九州からって言ったら

 『家族と一緒じゃないんですか』って聞かれるけん

 もうしょうがないわと思って話したんよ。死にに来て、公園で薬を飲んだって」

 

2名の警官は母を交番へ連れて行き

妙な顔をしながらも母の話を全部聞いてくれたらしい。
母は見たものを全て話したらしいが

その日、イベントのようなものを行なっている場所は

近くでは特にないということだった。

 

母は名前と連絡先を書かされ、自宅に帰るよう説得されて解放された。
「ご家族が心配されてますよ」と言われて

兄や私の顔をやっと思い出し、ちゃんと家へ帰ると警官と約束をしたそうだ。
宿などもちろん取っていなかったので

警察官が近くのホテルに電話して空きを確かめてくれ

そこに泊まったのだと言う。

 

いざ部屋に入ってみて初めて、自分が失禁していることに気が付いた。

 

「全然気がつかんでなあ。
 パトカーの中を汚したかもしれんと思うと申し訳のうて。
 石けんで洗ったけど、結局乾かんでなあ」

 

翌朝、生乾きで冷たい服を身につけ

惨めな気持ちで帰宅して、私へ電話を入れたのだ。


「臭いが、全部は消えんでなあ」
母が着て行ったのは、お気に入りの服だった。
表情が、また重く暗くなった。

 

混乱したまま聞き続けた話の中に、大きな疑問が湧き上がった。
タイムラグだ。

 

母は、北海道へ立ってすぐに死に場所を探したと言った。
しかし母が家を出てから、ゆうに十日は経っている。


もし母が言う通りに自殺に失敗した翌日に戻ってきたのなら

一週間近くの時間が抜け落ちている事になる。

 

が、さすがにその時、その場で追求する気にはなれなかった。

 

***続く

 

これはnoteから転載している、母の人生の物語です

ここまでの話はnoteで読めます

 

母というひと-001話(母の誕生から結婚生活まで)

母というひと-048話(私が家を出て、また戻るまで)

母というひと-051話(私が戻った後の母の人生)