忘れたくないので記憶が鮮明なうちに夫の最期の日の事を書いておこうと思います
11月13日月曜日
夜11時前
私のスマホが鳴りました
その時は丁度私がお風呂から上がり、母と2人で息子の夜最後の注入を準備している所でした
スマホの画面を見た瞬間、嫌な予感がしました
病院からでした
電話に出ると循環器の先生からで、
「血圧が下がって来ています。これから病院に来られますか?」
「奥様が病院に向かわれている途中に亡くなる事も考えられる状況です」
全身の血の気が引いていくのを感じました
「今からいきます」
そう言って息子を母にお願いし、私の姉夫婦に病院へ来てもらえるように連絡しました
昼間、夫に会った時のあまりの変化に不安を感じていたので、夜に万が一、病院から呼び出された時困らないように息子は両親の家に連れて行っていました
そして義母と病院に行った帰り道、もしも夜に病院から呼び出しがあったら私だけで行きますと義母に話していました
夫の実家には脳梗塞を患った父も居るし、万が一夫に何かあれば義母は1人で病院から帰れないと思ったからです
姉には夜中何かあったら一緒に行って欲しい…前からそう伝えていました
私が取り乱した時、1番冷静に判断して動けるのは姉しか居ないと思いました
そして義母に病院から呼び出しがあった事を伝え、お風呂上がりでまだ濡れたままの髪の毛をゴムで縛り、着替えを済ませて1人車に乗り込みました
夜の高速を1人で走っている時
「ダメだよ、ひとりで先に行っちゃダメだからね…」
そう夫に呼びかけ、涙で何度も視界がぼやける目を擦りながら運転していました
病院に着いたのは日付を跨いだ14日の午前0時半頃
私が病院に着いた時には姉夫婦が先に病院に着いて待っていました
ちょうど駐車場に車を停めて病院に向かって歩いている時、病院から緊急の呼び出しを受けて到着したI先生に出会いました
夫のいる循環器のICUのロビーで待たされ、その後カンファレンスルームに呼ばれました
そこには循環器の医師とI先生が来ました
「現在とても厳しい状況で、徐々に血圧が下がっておりこのままだと亡くなる恐れがあります」
「ですが、最初の心肺停止時に蘇生させる為に既にMAXの量の昇圧剤を使っています」
「これ以上使ったとしても現在の状況では効果は無いと思われます」
「それでも次に心配停止の状況になった時、昇圧剤を使う事を希望されますか?」
循環器の先生に言われました
涙が止まりませんでした
それでも
「夫もここまでよく頑張ってくれたと思います。これ以上の蘇生は望みません」
泣きながら先生達にお伝えしました
「分かりました、それではICUにご案内します」
そう言われ、I先生に付き添われてICUにいる夫の所に案内されました
昼間会った時には目が乾燥しないように瞼に透明なシールが貼られていましたが、目の前にいる夫の目は半分開いていて、角膜が濁っている様な状態でした
昼間に会った時と同じく夫の手足は見た事の無いほど青白く、全身が血が通っていないような色をしていました
そしてピクリともせず、ただ機械で呼吸を無理矢理されている様な状態
私が夫の腕を摩りながら
「ねぇ、起きてよ…」
「まだ早いってば…」
「私とあの子を置いて先に行かないでよ…」
いくら私が夫を呼んでも、いくら私が泣いても、何も反応がありませんでした
ずっと鳴り続けるアラーム音の中、私に出来る事は夫の横でモニターの数字を見ている事だけ
それから2時間程、変化の無い時間が続きました
姉夫婦は子供達を家に置いてきていたし、姉の旦那さんは朝から仕事だったので、姉の旦那さんには帰ってもらい姉だけが残ってくれました
少しずつ、少しずつ
夫の血圧が下がるのを見続けながらずっと夫の手を握り、何も着ないで薄いタオルケットをかけられていた夫の腕を何時間もさすっていました
そしてけたたましく鳴り始めたアラーム
私はもうモニターを見るのをやめ、ずっと夫の顔を見続けていました
夫の最期の時が来たんだ
夫に少しでも変化があるかもしれない
最後に私を見るかもしれない
手を握り返してくれるかもしれない
夫の変化を見逃さないように
自分の目に夫の最期を焼き付けるように
ずっと夫を見つめていました
その後ピーーとアラームが鳴り続けましたが、目の前の夫はピクリとも、目を見開く事も無く、昼間に会った時と同じ姿で息を引き取りました
アラーム音が看護師さんによって消され、モニターの波形が全てフラットになっても呼吸器だけが規則正しく夫の肺に空気を送り続けていました
呼吸器は心臓が停止してからもすぐには外せないと聞いた事がありましたが、とても虚しい時間でした
そして循環器の先生が来て夫の瞳孔を確認し、I先生も立ち会いの元
「現在の時刻、4時36分ご臨終です」
そう言われ、
「ありがとうございました」
そう言って姉と2人で頭を下げました
処置があるので一旦先程のカンファレンスルームで待つように言われ夫の側から離れる事になりました
夫の側を離れる時、お世話になったT先生も来て下さってた事を知りました
ずっと夫を見つめていたので全く気づきませんでした
いつもにこやかなT先生が、13年間で初めて見るとても険しい顔をしていました
そして目を赤くされているのを見て、お互い言葉はかけずにお辞儀だけして私はICUを後にしました