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肉体:ウオーキング

知的:英語 、読書 

精神:瞑想
社会情緒:実践会を開催する

 

今日の実践会は「第5の習慣 まず理解に徹し編」でした。

 

共感による傾聴にトライしてみては、うまくいかない現実をくりかえしている、

ここ最近の私。

 

実母の毒吐きとも感じるグチをただただ聴こうとしてみても、

その後食あたりにでもあたったように、ぐったりしてしまうときもある。

栄養分を吸い取られる感覚だ。

 

それでもこないだ気づいたのは、

聴いていてぐったりするのは、

私の中に「なんとか母の思考を変えたい」という挑戦を掲げている時だということ。

 

「変えたい」つまり「今の母の思考状態は良くない」とジャッジしているのだ。

「私は正しさを知っている」と思い込んでいるのだ。

 

そう思い込んでいるのに、

「いやいやそこで口をだしてはいけない!」なんて気持ちを抑え込んでいるから、

そりゃぐったりしてしまうわね。

 

自分の正しさを持っている時点で、

母が愚痴を言っている状態と同じことをしているよね。苦笑。

(愚痴るってことは、自分の正しさで相手をはかっているってことだもの)

 

今思っているのは、

自分の正しさをもたずに、ジャッジしないで聞けるようになったらいいのかな~と思っています。

それは、正しさを持ってジャッジする自分をダメだとする状態とは違って、

私の正しさもOK、ジャッジしたくなる心もOK,

だから他の人の正しさもジャッジもあり!って思える状態なんだと思う。

 

その練習のために、

私の母が今、愚痴を言いたくなる状況なのだとしたら、

クリアしたい!って気持ちが湧いてくる。

 

だからトライしていきます!