突然ですが、私には全く霊感がありません。
信仰宗教もありません。
でも、死後の世界に興味があります。
幼少期から聞いてきた様々なオカルト話を、なんとなく信じているだけかもしれませんが、死んだら終わり、ではないような気がします。
これだけ広い宇宙の中で、生命体が存在するのは地球やこの次元だけ、とは考えられませんし、逆に言うと、宇宙はこれだけ広いのに、生命体があるのはこの地球だけ、この次元だけ、という見解は、とても視野が狭いのでは?と思います。「井の中の蛙」ってやつです。根拠が無くてもです。
と、前置きは短くしておいて、今日のお話
「死んだら音は聴こえるの?」
最近、疑問に思い始めてから、わたくし急に焦り出しました。
なぜなら、もし自分が死んでしまって、好きな歌、好きな曲、好きな音が聴こえなくなったら、非常ぉぉぉ〜〜〜に困るからです。
例えばチケット買ったのにコンサート前に自分死んじゃったら、コンサート当日、霊体の私は会場に行っても見られないのか?聴こえないのか?
好きなアーティストの新曲を心待ちにしている状況で死んでしまったとして、果たして死後の世界から、その新曲は聴けるのか?
自分の作品がミックス&マスタリング中で、完成まであと一歩!のところで自分死んだら?あの世から完成品は聴けるの?聴けないの?
特にこの、完成待ちの楽曲を聴けなくなる状況。自作他作共に。
これは本当に大問題。
音楽人にとって死活問題だと気づいたのです。
肉体が無くなって魂だけになる、という有名な説は、想像がつきます。また、死んだ側が一方的に、相手の体に触れることはできるかもしれません。しかしあくまで、触れている“つもり”であって、当前ですが肉体同士で互いを触れ合う事はもうできないです。
会話もできません。やはり死んだ側から一方的に話す事はできそうですが、あくまで話しかけている“つもり”。会話はできないです。(一部本物の霊能者を除く)
美味しい物も食べられません。
しかし生前好きだった嗜好品を御仏壇に供えると、故人は喜ぶようです。それは、故人はその“気持ち”を喜ばしい、有難いと思うのか?それとも、それによって生前の実際の味覚は再現されるのか?味覚の再現や、嗅覚でにおいを感じるところまではさすがに、少々考えにくいような…。
では、視覚は??
死後の世界があるとして、あちらの世界からこちらの世界は見えているようなエピソードがほとんど。故人は亡くなった後も、こちらの世で生きている大切な人を見守っているとも聞きます。
あれ?でもおかしいですね。
肉体が無くなって、触れたり食べたり嗅いだりできないのに、「見る」ことはできる、と…?
では同じく聴覚は?
例えば、故人を想いながら、言葉にして話しかけた言葉。故人の為に奏でる歌や、音。
それらは故人に間違いなく届くとして、その声や音はあくまで「想い」として届くの?それとも、その声や音のまま、届くの?
もし私が霊体だったら、音楽に乗せた念は受け取れたとしても、「いやそんな綺麗事よか私はあなたの声を、音を、リズムを、今までと同じように感じたいんだけどなあぁぁ〜(´Д⊂ヽ」って、あの世から思ってしまいそう。
それとも…
死んだら物欲がなくなりそうだから、音楽人である故の音楽に対する欲も、無くなっちゃうのかしら。ここまで長々と書いている事など、一切どうでもよくなるのかな…。
おそらく、物理的に楽器が弾けない、とか、肉体から発するような歌は歌えない、という状況は、受け入れざるを得ないでしょう。それと同じように、人間の奏でる音楽がもう聴こえない事も、その時が来たら皆、受け入れるのだろうか…。
そんな疑問を投げかけたところで、正解を教えてくれる人はどこにもいないけれど、もし、死後の世界からも音を聴ける力があるとしたら。
もし、あるとしたら!
お願いがあります。
私が先立った時は、一方的に私は皆さんの歌を、奏でる音を、聴いて飛んで回りますので、声の続く限り、どうか歌っていて下さい。皆さんの楽器、指が動く限り、どうか弾き続けていて下さい。別に私のことは考えなくても、思い返さなくても、最終的に忘れても良いです。私が一方的に、皆さんの所に聴きに行きたいだけですから。笑
でももし万が一、あの世に聴覚がなかったら、その時は、その歌う姿、弾く姿を楽しませてもらいに行きますね。
その視覚さえ無い世界だったら…
仕方ないので、みんなの所にただ遊びに行きます。♪
以上、音楽を通じて出会えた方々への、私からの遺言でした。
あ、
私はまだ死にません!
その予定もないです。
30〜40年先の老後のビジョンもあります。
私はまだ死なないけれど、先日、私の大切な人が亡くなりました。
この歳まで、親兄弟や友達を亡くす経験がないまま生きてきた私には、初めての事で、ショックが大きい。
しかも私と1コしか違わない。まだ30代。
故に、毎日毎日、ふとした瞬間に、思ってしまいます。
初めましてのご挨拶をした、TSUTAYA仙台南店。
みんなで呑んだ事。
みんなでカラオケした事。
私の運転であなたを負傷させた事。
(ほんとにごめんなさい笑)
一緒に買ったケーキ。
一緒に食べたラーメン。
一緒に行ったガリバー。
松島水族館。
りんどう湖。
特製の手作りピザ。自称日本一の手作り餃子。
車に乗ると配られるチョコレート。
満腹時さらに配られるチョコレート。
ホットプレートと牛たん持参で、私の家に泊まりに来てくれた事。
肌に優しいとくれたタオル。
毎年届く年賀状。
決断力の無い私を、いつも叱咤激励してくれた事。
そんな中、一番忘れもしないのは、15年前。
私が人生で初めて出席した、友人の結婚式は、あなたの結婚式でした。
そして…
人生初めての、友人の御葬式も、結果、あなたでした。
私たちは、幼馴染みでもなければ、学生時代の友でもない。職場の同僚でもない。バンド関係者でもない。のに何故か、気が合った。
人生の節目である両方の場に、立ち会えた。
何かのご縁だと思えて仕方ない。
きっと、私が死ぬ時は、会いに来てくれると思う。ご家族、友達、みんなの先陣切って旅立っちゃったからね。これから何十年とかけて、私だけでなくみんなの事も一人ひとり、迎えに行かなきゃいけないから、結構大変だと思うよ。重大任務かもね。( •̀ㅁ•́;)
あと、次、会えた時、教えてね。
こんなに早く、行かなければいけなかった理由。その人生を選んだ理由。
納得ができない。あなたは、まだまだ長く、生きていなければいけない人だった。
でも、きっと理由があったのでしょう。
次、会えた時に、教えて下さい。
ところで、愛する家族の話し声、笑い声は、そちらの世界でも聴こえていますか?