僕が車のエンジンをかけるのと同時に、ナムジュンはホソクとユンギに電話を掛けた(それぞれのコンビの、比較的目覚めが良い方にかけている)。

  彼らは明け方に起こされて不機嫌だったが、テヒョンが危機に陥っていると聞くと、すぐに行動を開始してくれた。ホソクはジミンを起こし、そしてユンギはグクの家に走り込んで彼を叩き起こした。

 皆、それぞれの家の前で待機してくれていた。まずはホソクとジミンの家。そして、ユンギはグクの家の前で、二人で立っていた。皆少し緊張した顔をしていた。

 

 明け方の高速道路はガラガラで、僕は最大限スピードを出して車を走らせた。そのせいで、ジミンはこわばった顔で窓の上の手すりをぎゅっと握りしめていて、逆にグクは他の車を追い越す度に口笛を吹いていて楽しそうだ。ユンギは平気そうな振りをしながらも目がきょろきょろと動き、内心怖がっているのが丸わかりだ。ホソクはと言うと、固く目をつぶったまま固まって、死んだようになっている。

 隣の助手席で、ナムジュンがそっと小声でつぶやいた。

「さすが天使・・・。」

 彼も冷汗をかいている。

「元、だよ。ナムジュン。」

「何?何の話?」

 ユンギが後部座席から、突っ込んで聞いて来た。無口なくせに、他人の話は意外と良く聞いているのだ。

「何でもないよ、気にしないで。」

「そう言われるときになるじゃん。」

 口を尖がらせるユンギに苦笑して、ナムジュンが話を変えた。

「もうすぐ高速を降りないと。」

「そうだね、ナムジュン。テヒョンの正確な位置わかる?」

「わかりますよ。高速を降りたら、右に行ってください。そして・・・。」

 

 

 テヒョンがいる海岸までたどり着いた僕達は、車を道路の路肩に停めて、浜辺まで歩いた。

 浜辺には重機が3台、無造作に置かれている。そして、何を作ろうとしているのか、足場が波打ち際ににポツンと建っている。海以外では、それだけが目に入る景色の全てで、とても殺風景で寒々しい。

「あの足場、もしかして・・・?」

 ナムジュンが僕の耳元に小声で聞いて来た。

 そう、その通り。前回、テヒョンはあの足場から飛び込んだのだ。

 

 

 

 

 僕は足場の方に向かって歩き、皆もそんな僕について来た。

「テヒョン!」

 ジミンがテヒョンを見つけ、いち早く走り出して、皆も砂浜に足を取られつつ駆けだした。

 ジミンはテヒョンの肩に手を置いて、笑いながら隣に座ろうとした。

「テヒョン、心配したじゃんか。何してんだよ、こんなとこで。」

 しかし、テヒョンはジミンの親し気に置かれた手を肩から振り払った。

「触るな。」

 振り返ったテヒョンの目は冷たい。整った顔に冷酷な眼差し。まるで無機質な彫像のようだ。

「そんな、みんなお前のこと心配して来たのに、冷たい目で見るなよ。」

 ジミンが冷たくあしらわれた事に抗議すると、テヒョンは立ち上がって笑った。

 海をバックに立つテヒョンに対して、僕達は向き合う形となった。

「心配、何で?」

「何でって、友達だから当然でしょ!」

 まるで馬鹿にするような口調のテヒョンに、グクがびっくりした声で返事をした。

「お前は無邪気だな。」

 からかうように言うと、テヒョンは顔から笑顔を消した。

「俺の事、知りもしないくせに友達だなんて言うな。」

「え?知ってるじゃん。2年も一緒にい・・・。」

 ホソクが言いかけた言葉は、テヒョンに遮られた。

「俺は人殺しだ。」

 無表情に言い放つテヒョンに、流石に皆、すぐには言葉を返せなかった。沈黙する皆を、眺めまわしてから、テヒョンは更に言葉をぶつけた。

「しかも、殺したのは俺の父親だ。友達だなんて言う気無くなるだろ?」

 沈黙を破って、ユンギが、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「それでも、俺はお前の友達でいたいけど。」

「何だって?」

 テヒョンの表情が硬くこわばった。

 

 

 

「確かに驚いたけど、それなりの理由があったんだろう、きっと。それに、俺はお前が何かに苦しんでいるのを知っていたよ。俺だけじゃない、ジミンだって前にそれ言ってたよな?」

 ジミンは大きく頷いた。ジミンは、テヒョンと同い年なので、ホソク以外では一番仲が良い。

「そうだよ。無理に聞かないで、テヒョンが自分で打ち明けてくれるのを待とうって話してたんだよ。だから、俺はお前が何を言っても友達だ。」

 テヒョンの目が怒りで光っている。

「俺なんかを、何でそんなに信じるんだよ!馬鹿じゃねえの?」

 それまで黙っていたナムジュンが、テヒョンに向かって一歩前に出て、テヒョンは少したじろぐ風を見せた。

「だから言っただろう?お前を信じていないのはお前だけだって。俺だけじゃないんだよ、ジミンもホソクも、ユンギヒョンもグクも、そしてジンヒョンも、皆お前の事を友達として大好きなんだよ。辛過ぎて、自分を好きになれない時は、俺達の力を借りればいいんだ。」

 テヒョンの目が揺らいでいる。

「騙されるな。」

 聞きなれない声に、皆驚いて振り向いた。

 皆にとっては聞きなれない声だが、僕は良く知っている声だ。

「誰?」

 突如現れた怪しい男に、ジミン達は訝し気な顔をしている。ナムジュンが、僕にジェスチャーで聞いて来た。指さして、「こいつか?」と目が言っている。僕は頷いた。そうだ、ベセルという名の悪魔だ。

「お前の悪は消える事は無い。悪は、お前の魂の中にしっかりと刻み込まれているからだ。魂のど真ん中に悪が座っているのに、外っ面は善人の振りを出来ると思うのか?」

 テヒョンは震えながら頭を抱えた。

「しっかりしろ。お前は骨の髄まで悪に侵されているんだから、もはや悪その物になるしかないんだよ。」

「そうだ、僕は・・・。」

「善だ。」

 僕ははっきりと、大きな声で宣言した。

「テヒョン、本当の悪人は、そんな風に悩まない。頭を抱えて、そんなに苦しんでいるのはお前が悪に染まっていない証拠だよ。」

 テヒョンは悲しそうな目で、僕を見ているだけで何も言わない。

 ベセルは怒鳴り声をあげた。

「さっさとあの海に飛び込め!それでお前は救われるんだ。さあ、早く!」

 テヒョンは僕を悲しそうに見つめたまま、後ずさりするように、後ろに足を動かした。

 僕は、ゆっくりとテヒョンに向かって歩いた。

「自分を愛することは幸せに生きるための基本だ。でも、それが難しい時は、人の愛を頼るんだよ。さっきみんなが言ってたのは、まさにその事だ。僕も、お前に愛をあげるよ。」

 テヒョンは泣きそうになりながら、僕を見て嫌々するように首を振った。

「嘘をつくな!お前は自分が大事なだけだろう。助かりたいからって・・・」

 僕は、ぎらぎらと怒りに燃えてまくしたてるベセルを見た。

 可哀そうな奴。最下層に落ちた哀れな魂。これから僕がしようとしている事は理解できないだろう。

 僕は、テヒョンの目の前に来た。

「お前に、僕自身をあげるよ。」

「ジンヒョン!?」

 後ろでナムジュンが叫んでいる。状況が理解できるのは、すべての事情を知っている彼だけだろう。他のメンバーは恐らくぽかんとしているに違いない。そう思って、みんなを振り返った。

「みんな、これから幸せに生きていってくれ。多少辛いことがあっても、今みたいに助け合って、頑張って乗り越えるんだよ。」

「どういうこと?」

 ユンギが困った顔で言う。グク達も、困惑しきった感じだ。ナムジュンだけが焦った顔をしている。

「ジンヒョン、何をする気ですか?」

「ナムジュン、後は頼んだよ。」

 僕は再び、テヒョンと向かい合った。テヒョンは泣いている。

「ジンヒョン・・・。」

 僕はテヒョンを思いっきり抱きしめた。

 神よ、見ていますね?今、僕は無償の愛を差し出します。どうか、テヒョンを助けてください。

 

 

 

 

 僕の身体を光が包むのがわかった。

 ベセルの絶叫が聞こえる。まさに断末魔の雄たけびだ。

「テヒョン。罪は償えばいい。自分を愛することは、それとは又別問題だ。」

 僕の腕の中で、テヒョンが泣きながら頷いた。

 光は強く、激しい勢いで僕達の周りでうねりを広げた。横を見ると、ベセルのいた場所に、黒く焦げた灰のような物が散らばっている。

 僕は天を見上げた。神よ、ありがとうございます。六人を救ってくれて、本当に・・・。

 

 

 

 光のうねりは一瞬爆発するかのような勢いを見せた後、激しく回転し、そしてふっと消えた。    テヒョンは、自分を包んでいた両手が無くなっているのに気が付いた。

「ジ、ジンヒョン?」

 ナムジュンが浜辺に突っ伏すようにして泣いている。

「そんな、ジンヒョン・・・戻って来てよ。」

 テヒョンはおろおろと、辺りを見渡した。どこにもいない。消えてしまった。

 泣き叫びそうになった時、ふっと意識が遠くなり、浜辺に倒れた。

「嫌だ!嫌だよ・・・。」

 砂浜に顔をつけて、意識の中に黒いカーテンが降りてくるのを感じつつ、テヒョンは涙を砂にこぼした。目を閉じて、ジンの声が聞こえるのを感じながら・・・・。

 

 

 


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