ホソクは、ジミンとジンが部屋に入って来た時、実は目が覚めていた。

二人に合わせる顔が無い気がして、咄嗟に眠ったふりをしてしまったのだ。

 ジンが何故来たのかも分かった。ジンには「自分を愛する」と約束したものの、ジミンとユジンの事を考えて、のたうち回るほど苦しくなり、明け方、又薬を飲んでしまった。遠ざかっていく意識の中で、ジンに助けを求めてスマホを手に取ったことを覚えている。それでジンは心配して来てくれたのだ。

 ジミンが自分の肩に毛布をかけているのを感じて、涙が溢れてきたので、寝返りをうった振りをして顔を隠した。

 二人はすぐに出ていき、少ししてからジミンだけが部屋に戻ってきた。

「あー、まじで疲れた。」

 独り言でそうつぶやくと、どさりとベッドに倒れ込む音がして、その1~2分後にはいびきが聞こえてきた。

 ホソクは、身体を起こしてジミンが眠っているのを確認した。

「こいつ、服も着替えないで寝ちゃだめだろうが。汚いぞ。」

 言いながら、胸が詰まるのを感じた。日中働いた後に、徹夜のバイトをしたのだ。服も脱げない程疲れていても無理はない。

 ホソクは、さっきのお返しのように、ジミンの肩に毛布をかけてやった。

「ジミン、俺は決めたよ。もう、絶対にお前を苦しませない。」

 ホソクはしばらくジミンの寝顔を眺めていた。そして、静かに立ち上がると台所に向かった。

「キムチはあるよな?卵はあったっけ?」

 

 

 

 

 ジミンは夢を見ていた。病院だろうか?壁と床は気味が悪いくらい真っ白だし、僕はパジャマを着ている。

 

 

 

 僕は診療室のような所で、ロボットから何かカードのような物を見せられている。

 人間はいない。無機質な室内は寒々しくて、夢なのに、ジミンは身体が震えた。

 何かのテストだろうか?ロボットが見せるカードを見て、即座に何か答えなければいけないようだった。しかし、夢の中の自分は何故か知っている答えを知らないと首を振ったかと思うと、わからない質問をわかった振りをして頷いている。

 何だろうこれ?嘘つきテスト?僕は夢の中でまで嘘つきになったみたいだ。

 突然場面が病室に切り替わった。やっぱり病院だったんだ。僕はベッドに座っている。向かい側にはもう一つベッドがあるけれど、誰も寝ていない。僕はそのベッドがホソクのだとわかっている。でも、なぜかホソクはいない。

「何でいないんだ?」

 

 

 

 

 探し回る自分の視界に、看護師が目に入った。あの後ろ姿はユジンだ。

「ユジン!ホソクがそこに行ったか知らない?」

 ユジンはゆっくりと振り向く。その振り向いた顔を見て、凍りついた。

 真っ黒で邪悪な瞳。嘘と虚栄心の腐った匂いが彼女から漂ってくる。

「知っているわ。でも教えない。」

 そう言うと、裂けたように口を広げてにたにたと笑って消えた。

「・・・ホソク。ホソク!」

 僕は夢の中で夢中で立ち上がった。

 ホソクを探しに行かないといけない。今、すぐに。

 

 ジミンは跳ね上がるようにして、布団から起き上がった。

「ホソク?」

 きょろきょろと部屋を見渡し、夢だった事に気が付いてしてほっとした。

 それにしても変な夢だった。絶対にあり得ない虚構の世界なのに、変にリアルな手ごたえがあったと言うか・・。まるで、実際に自分の身体がその中にいたみたいだった。

「・・・怖。」

 夢の中のユジンを思い出して、鳥肌がたった。何故か、あの恐ろしい姿に違和感は無い。

何故、自分は今まで彼女のあの姿に気が付かなかったのだろうか?まさに目が覚めた気持がする。

 ジミンは立ち上がると、水を飲むために台所に向かった。

 台所にはちっぽけな安物のテーブルが置いてある。そのテーブルの上に、キムチチャーハンが乗っているのに気づいた。キムチチャーハンはジミンの好物だ。今までも、ホソクはバイトで疲れたジミンのために、このチャーハンをよく作ってくれていたので、ジミンはあまり気にせず、水を飲むことに専念した。

 しかし、視界にあるものが目に入って、水を飲むのを途中でやめた。

 チャーハンの皿の横に二つに畳んだ紙が置いてある。ジミンは紙を開いて読んだ。

「ジミン、俺はしばらくこの部屋を出ていく。いろいろと考えたいことがあって、それだけだから、心配するな。ソウルから遠く離れた所に行くつもりだ。だから、ユジンとも別れることにした。今まで迷惑かけてすまなかった。お詫びって言っちゃなんだけど、前にお前が欲しがってたTシャツをやる。マンガも全部置いてくよ。こんな物しか残せなくてごめん。元気でな。」

 ジミンは呆然として手紙を見つめたまま立ちすくんだ。

「何だよ、これ。どういうこと?」

 困った時の癖で、頭をぼりぼりと掻いて、部屋をうろうろと歩き回った。

「金も無いし、まだ元気にもなっていないくせに、どこに行くっていうんだよ。」

 狭い部屋を苛々と歩き回って、洗面台の前でふと足を止めた。洗面台の棚が開きっぱなしになっている。鏡がそのまま扉になっている、洗面台によくあるタイプの棚だ。なぜ足を止めたかとう言うと、いつも忌々しい思いで見ていた、例の薬の瓶が無いからだ。

「まあ、持っていきたいだろうな、大好きな薬の瓶だから。何処に行くつもりか知らないけど。」

扉を閉めて、そのまま洗面台に両手をついて大きく息を吐いた。薬の瓶が無いことが、なぜか心に引っかかる。

 ふいに、さっき見た夢のシーンが頭の中に浮かび上がって来た。病室のベッド。ホソクがいるはずのベッド。でも、ホソクはいない。永遠に・・・。

「永遠に?」

 ジミンはぶるっと身体を震わせた。なぜ、そんな不吉な言葉が出て来たのかわからない。

 震える手で、ホソクの手紙を再び広げて読んだ。

 

「・・・遠く離れた所に行くつもりだ・・・」

 だから、遠くってどこ?

 

「・・・ユジンとも別れることにした」

 突然、なぜ?大好きだったはずなのに。

 

「・・・こんな物しか残せなくてごめん。」

 

 直感が、ジミンの頭の中に弾けて、その瞬間彼は身体の向きを変えて、突進するようにドアに向かって走り出した。

 

「・・・元気でな。」

 恐ろしい手紙の文面が頭の中でぐるぐる回っている。

 

 アパートの階段をかけ降りながら、スマホで電話をかけた。

「ジンヒョン、どうしよう・・・。助けて。」

驚いた様子で、息を飲むジンに、ジミンは必死に状況を説明した。

 後で考えると、何故ジンに電話をかけたのかわからなかった。ジミンは今まで困った時はナムジュンに相談するのが常だったのに、不思議とこの時はジンが頭に浮かんで、このヒョンに相談するしかあり得ない気持ちだったのだ。

 ジンはすぐに行くと言ってくれた。

「今病院にいるんだ。すぐにそっちに行くよ。」

「病院?具合悪いの?」

「いや、大丈夫だ。それより、お前走れるか?」

「今もう走ってるよ。十分寝たからぜんぜん平気。」

「じゃあ、キム・ユジンの家に行く途中、漢江の大きな橋があるだろう。そっちに向かって走って行って。多分、ホソクはそこに行く。」

「了解。」

 ジミンはものすごい勢いで走り出した。

 ジンが何故、行先に大橋を指定したのか考える余裕も無く、ただひたすらホソクの無事を念じながら。

 

 

 

 

 


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