ジミンはヘルメットを被ると、現場監督に指示された作業を黙々とこなし始めた。工事で出た廃材を一輪車に乗せてトラックまで運ぶという作業だ。鉄やコンクリートの廃材はずっしりと重く、2往復しただけでもう肩と腰が痛くなってきた。
ナムジュンとテヒョンと何度かすれ違った。言葉を交わす余裕は無いので、目で短い挨拶を交わす。このバイトは二人に教えてもらったものだ。ナムジュンはガソリンスタンドで、結構割の良いバイトをしているのだが、将来のための貯蓄とやらでこのきついバイトを掛け持ちでやっている。
しかし、今夜はこの肉体労働のおかげで助かった。ジミンは暗い顔で一輪車を押しながら思った。ホソクと顔を合わせたくなかったし、肉体労働をしていると余計な事を考えなくて済むだろう。今日何故、ホソクが自分とユジンを呼んだのか、そしてユジンの不可解に甘えてくる、あの態度。全てが煩わしくて、今は何も考えたく無かった。
ジミンはしばらくの間、ただひたすら重い廃材を運ぶ作業に集中した。
「休憩!」
現場監督の声で、バイト達は全員作業を中断した。
ジミンは現場の片隅で、座り込むとペットボトルの水を飲んだ。
「あー、しんどい。もう帰りたいよ。」
ふと見ると、隣にテヒョンが座っていた。その又隣にはナムジュンがいて、ジミンに向かって片手を上げている。
「後3時間もあるよ。」
ジミンは憂鬱そうにスマホで時間を確認した。
「確かにきついけど、慣れればそう辛くもないよ。」
「ナムジュニヒョン、いつもそう言うけど俺全然慣れないよ?」
ナムジュンはテヒョンに向かってにやりと笑うと、頭を指さした。
「ここを使わなきゃ。合理的に作業をこなせば、無駄な力を使わなくて済む。」
ジミンは肩をすくめた。自分には無理そうだ。ナムジュンのコンピューターのような頭脳では、瞬時に効率的な動線を計算するのだろうが、自分には計算できない。
「ホソクは大丈夫か?」
ナムジュンが話を変えてきた。
「ん?ああ・・・多分ね。今日、ジンヒョンに病院に連れて行ってもらったから。」
「ジンヒョンが?あの人は優しいね、俺らが何かに困っているとすぐに来てくれる。」
テヒョンの言葉に、ナムジュンが少し複雑か顔をした。
「不思議な人だよな。定職が無さそうなのに、お金を持っていて。そしてそのお金を、自分自身のためには最低限にしか使っていないように見える。すごく不思議な人だ。」
ジミンは同じ事を思っていたために頷いたが、テヒョンは首を傾げた。
「家が元々お金持ちなんじゃないの?よくわかんないけど、遺産?そんな感じで。」
「まあ、そうだろうけどさ・・・話がずれた。ホソクは元気になったんだな?。」
ジミンは黙ったまま、うんうんと頷いた。今はあまりホソクの話はしたくない。
ジミンの代わりに、何故かテヒョンが詳しく説明をした。
「今日体育館でバトミントンしたんだよ。ジンヒョンとジミン、ホソギヒョンの3人で。元気になってよかったよ。」
ジミンは驚いてテヒョンの顔を見た。
「何で知ってるの?ホソクに電話した?」
テヒョンはちょっとしまった、という顔をした。
「キム・ユジンさん。彼女に電話で聞いたんだよ。」
「なんで、お前がユジンの電話番号を知っているんだ?」
ジミンは更に驚いて、腰を浮かしかけながら叫んだ。ナムジュンも驚いた様子で、片眉を上げて二人の会話を聞いている。
「ジミン、あのさ、誤解をしないで聞いて欲しいんだけど。」
テヒョンは身体をねじって、横に座るジミンの正面から顔を覗き込んだ。
「以前にお前らの家の前で偶然会ったんだ。きっと、ホソクヒョンに会いに来た帰りだったんだろうけど、彼女。紹介される前だったから、まさかヒョンと付き合ってる子だなんて思わなくて・・。」
「うん、それで?」
「あ、可愛い子がいるなあ、と思って電話番号聞いたら・・・」
テヒョンはちょっと言いよどんだ。
「教えてくれてさ。」
ジミンの中で、何か歯車のような物がかちりと動いた。でも、ジミンはそれに気づかない振りをして、心の扉をぱたんと閉じた。
「あ、でもさ。ホソクヒョンの彼女だって知ってからは、ほとんど連絡を取らなかったよ。連絡するのは、たまに、ホソクヒョンの調子が悪そうな時、具合がどうか知りたくて電話しただけだった。向こうからも、連絡なんてこなかったよ。」
ジミンは内心ほっとしつつ、膝に置いたテヒョンの手を、大丈夫だとう意味をこめてぽん、と叩いた。
「大丈夫だよ。お前の事は心底、信用している。」
「あー、良かった!一瞬あせった。」
テヒョンは大げさに胸をなでて、その仕草がおかしくて、ジミンもナムジュンも笑った。テヒョンは本当に憎めない。
「でもさ、ジミン。それで俺、前から思ってたんだけど・・・・。」
「うん?何?」
「ユジンさんってさ、ジミンの方を本当は好きだったりしないの?何か、電話ではホソクヒョンよりもジミンの方を気にしていたみたいだったけど。」
ジミンの心臓が、飛び上がった。
「何言ってるんだよ。ホソクに失礼だ。」
テヒョンは肩をすくめて、でも喋るのを止めなかった。
「ジミンだって、本当は彼女のこと好きなんでしょ?」
「やめろ!変な事を言うな。」
ジミンは立ち上がって、怒った顔でテヒョンを見下ろした。
「見ていてわかるよ。ジミンは全部顔に出るタイプだから。」
「いい加減にしろよ!」
ジミンは本気で怒って怒鳴った。そんなジミンを、テヒョンは全く恐れないで悠然と見上げている。
「テヒョン?」
ナムジュンが心配して、テヒョンの肩を押して止めさせようとしている。それでも眉一つ動かさないテヒョンは、ちょっと今までとは違う人間のようだった。
「何で、いつもジミンだけが我慢しなきゃいけないの?何で?」
「やめろ。」
「ジミン、お前は自分の心に嘘をついている。」
「やめろってば。」
「嘘はいけないよ。本当は、病気だって騒ぐホソクヒョンにも疲れているし、ユジンさんも自分の物にしたいんだ。」
今すぐにこいつを殴らなきゃいけない、そう思ったのに何故かジミンは身体が動かなかった。石のように身体も表情も固まったまま、無言で立ちつくすジミンを救ったのはナムジュンだった。
「休憩が終わった。二人ともやめるんだ。」
バイト生全員が立ち上がって、のろのろと作業に戻って行ったが、ジミンはしばらく一人、その場に立ちつくしていた。