「なんか、ジョングクとユンギヒョン、今までと違う感じがしない?」
天界の家で、ジミンはソファに寝っ転がりながら、ホソクに向かって話した。
「うん、思うよ。何か、こう・・・体が薄くなったような感じ?」
ホソクはどこで見つけたのか、弓矢を玩びながら返事をした。
「ジンヒョンが帰って来ないから心細い。俺たちはこれからどうなるんだろう?」
ホソクの弓矢が、後ろから伸びた手にさっと取られた。驚いて振り向くと、テヒョンがにやりと笑いながら、弓矢を持って、射るようなポーズをしていた。
「良くない感じだよね。あの二人。」
「良くないって、どういうこと?」
ジミンはソファの上で身体を起こして、テヒョンに尋ねた。
「知らない。でも何かさ、あの二人はもう俺らとは違う所に行こうとしてる感じじゃない?ずるいよ。自分らだけ。」
ホソクは顎に手をあてて、少し考えてからテヒョンに言った。
「俺達は死んでからここに来た。ここは死後の世界だ。その死後の世界で身体が薄くなるってことは・・・。」
「薄くなるってことは?」
尋ねたジミンの顔は不安気だ。
「生まれ変わるのかな?」
ホソクの言葉に、テヒョンはふん、と鼻を鳴らした。
「きっと違うよ。」
テヒョンは、真面目な顔で二人を見た。
「多分だけどさ、生き返るんじゃない?」
ホソクとジミンは一瞬顔を見合わせて、そして同時に叫んだ。
「そんな馬鹿な。」
「あり得ないよ。」
テヒョンは二人から視線を外して、手に持った弓矢を眺めている。
「そうだね。普通に考えればあり得ない。でも、もし・・・もしもだよ?生きて、元の世界に戻れることになったら、二人は嬉しい?」
ジミンは首をかしげた。
「どうだろう。今いるここは、平和で安心できる世界だから。だから幸せっちゃ幸せだよ。生きている時は、いつも怖くて不安でびくびくしていたからさ。お金の心配や将来の不安、そんな事で頭がいっぱいで、今みたいにのんびり過ごしたことなんて無かったから。」
ホソクも頷いた。
「そうだよな。心配と不安でいっぱいだったな・・・。最後は俺がお前を苦しめて、その事で俺自身も気が狂いそうなくらい辛くて不幸だった。」
ジミンがホソクの肩を優しく抱いた。
「ここで、仲直り出来たからさ・・・」
テヒョンは、ホソクとジミンの前のソファに腰を降ろすと、二人の顔を覗き込んだ。
「そうだよね。ここでやっと俺達は幸せになれた。だから、みんなでずっとここに居よう。ね?」
「約束だよ。」
テヒョンはそう言うと、ソファを立ち上がった。
ユンギとジョングクとは又違った感じで、テヒョンも少し様子が変わった、ホソクはそう思ったが、声に出しては言わなかった。
テヒョンが何か遠くを見つめている。見つめる先には、黒いもやのような物がふわふわと館の近くを漂っている。以前、ジンがここを離れた日に気にしていたものだ。食卓で、気が付いて眉をひそめていた。
あの黒いもやは、何か良くないもののようだ。あのもやが建物に入り込むと、そこの壁や床が嫌な感じで黒く汚れていくのをホソクは知っていた。
あれがもし、自分達の中に入ったら?
ホソクは自分の両手に視線を落とした。今の自分は、本当は肉体を持っていない。ジンによると、この姿は魂の姿なのだそうだ。
もし、あの黒い嫌なもやが自分の魂に入り込んだら、魂も黒く汚れていくのだろうか?
ホソクは、自分の手から、テヒョンに視線を移した。
「テヒョン、あのさ・・・」
ホソクは、言いかけて、振り向いたテヒョンに手を振った。
「いや、何でもない。」
テヒョンの魂が汚されているなんて、そんな事はありえない。思い違いだ。きっと・・・。
ちょっと気まずいな、そう思いながら、ホソクは家のドアを開けた。
部屋は真っ暗でしんとしている。電気を付けて、冷蔵庫に貼られたカレンダーを確認して頷いた。今夜、ジミンは工事現場のバイトが入っている。徹夜で肉体労働をする、辛いバイトだ。
ホソクは、溜息をついて、壁に背をもたれかけてぺたりと座った。ジミンは辛いバイトに行っているのに、それなのに居ないことでほっとした自分が嫌だった。
ジミンには迷惑ばかりかけている。病気をして以来、自分はろくに働いていない。入院する以前は、ジミン以上にバリバリと働いていたのだが、病気のためにあっという間に貯金はゼロになってしまった。そして、この家の経済的な負担は、今すべてジミンにかかってしまっている。それなのに、ジミンは何も文句を言わない。言わないどころか、逆にホソクの身体をいつも気遣って心配してくれている。それが、何よりもホソクにとって辛かった。
今日、体育館にユジンを呼び出さなければ良かった。
魔が差したのだ。どうしても、ジミンの態度を確認したくなってしまった。
ジミンは自分とユジンが一緒にいるところを見たくないようだ。そう思い始めたのは最近のことだ。一緒にいるところを見たくない、その理由は一目瞭然だ。
「自分を愛して。」
ジンの言葉を思い出した。
「無理無理。」
ホソクは自虐的に笑いながら、手を振った。笑っているのに、涙が出る。ホソクは膝を抱えて涙をこらえた。
子供の頃からの大事な親友が、自分のせいで肉体的にも精神的にも辛い思いをしている。
自分が働けないせいで、バイトをいくつも抱えて無理をしているし、ユジンへの思いと友情の板挟みで苦しんでいる。
「ジンヒョン、親友をこんな目に合わせて、それで平気な顔で生きているんだから、自分を愛するなんて絶対に無理だよ。」
ホソクは何も飲まず、何も食べないまま、膝を抱えて1時間ばかり考えこんだ。
自分は最低だ。でも、正直な話し合いをするべきだというジンヒョンの話はきっと合っている。 自分は今まで、ジミンとこの話をするのを避けていた。
ホソクは、顔をしっかりと上げた。
もし、ジミンがユジンを好きで、彼女も今はジミンが好きなら、自分は身を引くべきだ。また誰かに捨てられるのは辛いけれど、でも、少なくとも自分で自分を愛することはできるだろう。今の卑怯な自分のままでは、自分を愛することはできない。
決意をしたものの、気分が悪くなってしまい、ホソクは浴室に行って薬を飲んだ。吐き気がするし、頭も痛い。何故、生きていくことはこんなにも苦しいのだろうか。