翌日、僕は自宅のリビングでスマホを片手に悩んでいた。
自宅は、もちろんアプラクサスが準備してくれたものだ。前回と全く同じ場所に同じ造りで建っていた。
お屋敷のように広い家に、僕一人がぽつんといる。神が用意した館だからか、どの部屋も生活感がまるで無い。
以前は僕も天使だったから居心地が良かったが、今の僕は人間の身体に戻されたせいか、少し部屋の雰囲気に違和感を覚える。色々と買い物をして家電でも足せば人間臭さが出てくるだろうか。
ところで、僕が悩んでいるのは、ユンギかジョングクに電話をかけるべきかどうかだ。
アプラクサスが僕を送り込んだ時点は、すでに六人が破滅へとすべり出し始めたポイントなのだと、昨日の会話でわかった。だからのんびりとしている時間は無い。早く手を打たないといけない。
僕と同じように、ベセルもソウルのどこかに落とされているはずだ。彼は全力を尽くして六人を悪魔の側へ誘いこもうとするだろう。
絶対に、絶対に僕が勝たなければならない。
僕は悩みながらも、まずジョングクの携帯にかけてみた。出ない。次はユンギだ。
「もしもし。」
ユンギはすぐに電話に出た。
「もしもし。ユンギ、今だいじょうぶ?少し話せるかな?」
「ジニヒョン?珍しいね。電話かけてくるなんて。でも今は出かけるところだから無理。」
「どこか行くの?」
「うん。・・あの、昨日のグクのこと覚えてる?」
「お兄さんのこと?」
電話の向こうでユンギはため息をついた。
「そう。何かどうしてもカフェに来いって言われてるらしくて。何か、けーやくしょ?だか何だか書かされるかもって。訳わかんねえ。」
契約書?義理とはいえ兄弟だ。どういう事だろうか?
「僕も行こうか?役に立てるかもしれないよ。」
「ほんと?ジニヒョン俺よりはずっと法律とかそういうの詳しそうだし、助かるわ。」
僕は待ち合わせの場所を聞くと電話を切った。ちょうど良かった。普通に二人と会う口実が出来た。
僕達三人がカフェに入ると、上品で仕立ての良い背広を着た男が手を上げた。整った顔をして、ぱっと見た感じ誠実そうな顔つきをしている。
でも近づいて、その目を見ると濁っているのがすぐに分かった。
男は冷ややかな目でジョングクを見ると、ちらりと僕とユンギに目を走らせた。
「こんなところに来るのも一人じゃ出来ないんだな。・・・ユンギ久しぶりだな。相変わらず喧嘩ばかりやってんのか?」
ユンギは黙ったまま睨み返した。
僕の方を見ると、不審気な顔でジョングクを見た。
ジョングクは兄の顔をまっすぐに見つめて説明した。
「こちらはキム・ソクジンさん。僕の友達だよ。ジニヒョン、僕の兄だ。チョン・ジョンウォン。検事をやっているんだよ。」
「よろしく。」
僕もまっすぐに彼の目を見ながら手を差し伸べた。ジョンウォンはうさん臭げに僕を眺めて、しぶしぶ握手をした。品定めをしかねているらしい。
グクやユンギの友達だったらまともな職にはついていないはずだが、僕の服装は高級なものなので、僕の事をどう判断して良いのかわからないようだ。
「お仕事は何をされているんですか?」
探りを入れてきた。どう答えようか?
「さあ、何でしょう?取りあえずは内緒にしておきます。僕の事は気にせずに、弟さんとお話していてください。」
僕は余裕たっぷりの笑顔ではらいのけた。
ジョンウォンは僕の笑顔を無視してグクに向き直った。取りあえず僕の事は保留にして、本題に入るらしい。
「昨日も話したが、僕に金をたかるのはいい加減にやめにしてもらいたい。金なら送っているだろう?いくら家族だからって限度というものがある。きちんと働かずにぶらぶらと遊んでばかりいるからすぐに金が無くなるんだ。僕が睡眠時間を削って必死に働いて得た金を、お前がむしり取っていく。しかも僕の職場にお袋を送り込むなんて、嫌がらせもいいところだ。検察庁は信頼が大事な場所だ。そんな所でお袋に暴れられたら僕の信用は台無しになってしまう。そうだ、お前は金をせびり取るだけじゃなく、僕の出世の邪魔をしたいんだな?そうだろう。」
ジョンウォンは一気にしゃべるとジョングクを睨みつけた。
罵られても、でもジョングクは落ち着いていた。
「一体お袋が何を言って騒いだのか知らないけど、僕は知らない。でも昨日、僕が困るから絶対に兄さんの職場に行かないよう言って聞かせたからだいじょうぶだよ。それに金なら十分に僕が稼いでいるから仕送りだっていらないんだ。父さんだって、最近ずいぶんと具合が良くなってきたから。」
「仕送りがいらない?言ったな。本当に打ち切るぞ。」
「どうぞ。もう僕たちに構わないでくれ。」
温和なグクにしては強い言葉だ。家族にこんな言葉を言わなければならないなんて、グクの心は今ひどく傷ついて苦しいに違いない。