「あ!Lover Girlsだ。俺この子達好きなんだよね。」
店内のラジオから流れる音楽が、トロットから女性アイドルグループの曲に変わりジミンが嬉しそうに言った。テヒョンも嬉しそうに頷く。
「可愛いし、曲がいいよね。」
その言葉にユンギがふん、と鼻を鳴らした。
「こんな下らない歌、曲とも言えないよ」
ナムジュンが両手を上げる。
「出た。天才ミン・ユンギ様。」
「何?ユンギは天才なの?」
僕の言葉にナムジュンが首をかしげる。
「あれ?この話、前にヒョンにしませんでしたっけ?」
「ごめん、忘れた。教えて。」
僕は笑ってごまかした。
細かいことは忘れてしまっている。どんな会話を交わしたか、ほとんど覚えていない。
「ユンギヒョンは音楽の才能があるんですよ。」
グクが得意そうに答える。
「小学生の時、ピアノなんて誰からも教わっていないのに、習っている子よりも上手に弾けたんです。僕はユンギヒョンより4つ下の学年だったけど、ヒョンのことはみんな知ってた。ピアノの天才だってね。」
ユンギが口をひん曲げた。
「お前だって絵の天才だって学校で騒がれてたじゃねえか。俺なんか全然大したことない」
そう言いつつも嬉しそうだ。ひん曲げようとしている口元が緩んでいる。
「今もたまに夜中に学校に忍び込んでヒョンのピアノを聞くんですよ。即興で曲とかも作っっちゃってすごいんです。」
ホソクが付け足した。
「そうか、聞きたいな。ユンギの作る曲。」
僕は暖かい気持ちを込めてユンギの目を見た。
その視線をユンギはそらした。
「もう、やりませんよ。」
「え?どうして?」
皆も驚いた目でユンギを見ている。
「なんで?ユンギヒョン、音楽デビューするのが夢でしょ?諦めちゃうの?」
ジミンが目を丸くして叫ぶ。
ユンギはうっとうしそうに手を振った。
「そんな贅沢な夢を追ってる時間も金も無い。」
ナムジュンが眉間にしわを寄せた。
「最近、ずっとヒョンらしくない。」
それを聞いてユンギの顔に一瞬苛立つような表情が浮かんだが、すぐに引っ込めた。そして、何か内側の感情をを抑えるように、殊更に無表情に話し始める。
「弟のユジョンがまた喘息で入院した。妹だってもう小学生だ。学校に行くのも金がかかる。・・・ていうか、生きていくだけで金がかかる。そしてまともに働けるのは俺しかいない。」
皆黙ってしまった。ユンギの事情を知っているからだ。
ユンギには父親がいない。母親は飲み屋で働いているが、苦労が重なったせいか、最近休みがちであまり稼げない状態だ。
ユンギがコーラの入ったコップを両手でぎゅっと握りしめる。その手が震えるのを僕は見た。
「音楽でデビューするなんて、どんだけの時間がかかるんだ?しかも売れる保証なんて無い。音楽なんて余裕のある奴らにしか出来ない道楽なんだよ。」
ユンギが暗く笑った。
「ま、音楽だけじゃねえけどな。勉強だってなんだって、金が無いとできない。でもって勉強も何もできないから、一生小銭を稼ぐだけの人生で終わるってわけだ。」
またユンギの指が震えている。その震える指を、ジョングクが悲しそうに見つめていた。
ユンギはもうすでに悪魔の声に耳を傾け始めてしまっている。
そして、そのことにジョングクは気づいている。
気づいて、何とかユンギを助けようとしている。
ジョングクの焦りを感じて、僕は目を閉じた。
助けなければならないのは、まずグク、お前なんだ。
Begin 全ての始まりはお前だったのだから。