六人のたまり場であるナムジュンの住処は、ソウルの町はずれにあった。

そこは廃棄物の埋め立て地の一角で、文字通りゴミの掃きだめのような場所だった。

ひどい匂いがするし、まともな人間は近づかない。でも、だからこそ彼らが安心してくつろぐことができた。

 初めてここを訪れた時の六人の警戒した顔を思い出す。まるではりねずみが、外敵の侵入に対して全身の毛を針にして威嚇しているようだった。攻撃は最大の防御。散々世間から痛めつけられてきた彼らが得た処世術だ。

 その頃の僕はまだ天使だったから、彼らの心を安心させるのは割と容易なことだった。彼らの気持ちがある程度読めたからだ。

 僕は家族がいない孤独な人間であり、立派な家はあるけれども寂しい身の上だと説明した。彼らは最初はうさん臭そうな目で僕を見ていたが、次第に僕に心を許してくれるようになった。

 一番最初に心を開いてくれたのは最年少のジョングクで、最も遅かったのはユンギだった。

 

 この事実が示す通り、正反対な性格を持つ二人だったが、子供の頃からの幼なじみでとても仲が良い。二人は家が近所で、子供の頃から助け合って生きてきた間柄だ。

 貧しい小さな家が立ち並ぶエリアで、二人の家は特に貧しかった。

ジョングクは幼少の頃はごく普通の中流家庭だったのだが、父親が怪我をして働けなくなったため、家計が苦しくなり引っ越してきたのだ。

ジョングクは初め環境になじめず、近所の子供達から苛められていた。それを助けてくれたのがユンギだったそうだ

 ついでに説明しておくと、ジミンとホソクも子供の頃からの知り合いだ。

 ニ人は同じ児童養護施設の出身で、そこで兄弟のようにして育った。ジミンは小学生の時に両親が飛行機事故で亡くなったため、そしてホソクは、母親に捨てられて施設に引き取られた。虐待が日常だった施設で、二人は互いにかばい合い、励まし合いながら育った。

 そして残りの二人、ナムジュンとテヒョンは中学生の頃に知り合った。

ナムジュンの家族は、彼が中学一年の時に父親の借金が原因で一家離散した。ナムジュンは彼の才覚だけで日々を生き抜き、中学三年(実際にはその頃にはもう中学校になど行っていないが)の時にはボロボロではあっても雨風をしのげる住処を得ることができた。そんなナムジュンの住処にテヒョンが迷い込んできたのがきっかけだったらしい。

テヒョンは酒癖が悪い父親からしょっちゅう暴力を受けていて、その日も泣きながら街をさ迷っていた。ナムジュンは傷ついたテヒョンを家に入れて黙って手当をしてやった。それ以来、テヒョンはナムジュンの住処に入り浸るようになったわけだ。

「二人ずつのペアで仲良かったのが、どうやって六人組になったの?」

 僕はそう、ナムジュンに聞いたことがある。

 ナムジュンはにやりと笑った。

「同じ匂いがするから、自然と集まったんですよ。」

大都会ソウルで、隅っこに追いやられるようにして過ごしていた彼らは、自然と親しくなり、助け合うようになったのだろう。

 

 

 

 

 

僕は六人を眺めながら、改めて気を引き締めた。

以前の僕はただ、彼らを観察し、天界に導くだけのために一緒にいた。でも、今回は違う。

 彼らを悪魔たちから守り、救うのだ。それは簡単なことでは無い。

どうやって戦えばいいのだろう?僕は答えを探すかのように六人を観察した。

 

「あー、腹減った!死にそう!」

 ジミンが叫んでどさりと地面に倒れた。倒れた衝撃が腹に伝わったのか、尋常じゃないくらい大きな音がぐう、と腹で鳴る。皆爆笑だ。本人も寝っ転がりながらゲラゲラ笑っている。

「お前ほんとに死にそうなくらい減ってんだな」

 テヒョンが感嘆の表情でジミンの腹を撫でている。ジミンはそれを払いのけた。

「だからさ、バイト辞めたって言ったじゃん?食う金が無えんだよ」

 ナムジュンがにやっと笑って僕を見た。

「大丈夫。ジニヒョンがいるから。」

 皆がおお!といった表情で僕を見る。僕は苦笑した。

「いいよ、何喰う?チキン?キンパ?」

「チキン!チキン!」

 みんなチキンの大合唱だ。

「よし!腹がはち切れるくらい食ってやる」

 ユンギがそれまで腰を降ろしていたドラム缶から飛び降りた。しかし飛び降りたところ、少しよろけてしまい悪態をついた。

地面で胡坐をかいてロリポップをなめているナムジュンが、薄っすらと上目遣いでユンギを見る。

「ヒョン、疲れてる?いつもと違う。よろけるなんて。」

 ユンギは黙ったまま笑ってナムジュンの背中をぽんと叩いた。グクがユンギの肩に手を回す。

「ヒョン、行こう。」

 ユンギは短く「おお」と言って上着のポケットに両手を突っ込んで歩き出した。

 

 僕は皆の一番後ろについた。

 こっそりと財布を確認する。現金と、クレジットカード、そして住民登録カードが入っていた。アプラクサスはきちんと現代の韓国に合わせた準備を整えてくれている。一体どうやってこんな知識を得るのだろうか。第一クレジットカードはどこの銀行から引き落とすんだ?天国銀行か?

 

 チキン屋は歩いて15分くらいの所にあった。

小さな工場が密集しているエリアのため、僕達以外の客は全員労働者風の男性だった。

 床には客が手を拭いてそのまま投げ捨てた紙屑が散乱し、テーブルは油でベタベタに汚れている。しかしこのしみったれたチキン屋でさえ、六人には滅多に入れない高級な場所だった。

 以前も僕はニ回だけ彼らにチキンをごちそうした。

別に僕は、「おごってくれ」とねだられたらいくらでもおごるつもりだったが、彼らはそれをしなかった。ましてや金の無心のなど皆無だ。

 彼らは貧しいけれども、人としてのプライドをきちんと持って生きていたからだ。

他人の世話になどならずに自分の力で生きていく、その矜持で胸を張って社会に向かっていた。

 おごらせたり金を借りたりしないのは、僕の事を友達として認めてくれていたから、という事もある。

彼らは金の怖さを知っている。

金によって人間関係のバランスが均等では無くなり、歪んでしまうのを恐れているのだ。

 しかし一方で僕が「何か特別な事情がある時はおごる」のは良いと考えているようだった。金を余分に持っている人間なのだから、その位は許されるし、おごられても金銭的に依存したことにはならない、むしろバランスが保てると思っているらしかった。

 今回は、恐らくジミンがバイトを失って金欠になった事でナムジュンは提案したに違いない。ジミンは金が無くて昼飯代もけちるくらいだったが、ナムジュンも含め五人ともそんなジミンを助けられる金銭的余裕が無いからだ。