荘厳なオルガンの音が館から漏れ聞こえている。
ユンギが弾いているのだろう。
生きている時には叶わなかった彼の夢。
今、思う存分に楽器を弾くことができて、彼は満たされた顔をしている。
館のテラスの手すりにテヒョンが腰かけて笑っていた。僕を見てにこにこと手を振る。
「ジンヒョン、お帰りなさい!」
僕は微笑んで手を振り返した。少し泣きそうな気持を抑えながら。
絶対に僕が助けてあげる。辛い記憶を、完全に無くすのは無理かもしれない。
でも、孤独に打ちのめされて人生を自ら終えるような、そんな辛い状況は回避させてみせる。
居間では、ジミンがのんびりとソファに寝そべって、ナムジュンは何か書物を読んでいた。
僕はナムジュンの前に立つと、静かに告げた。
「僕はしばらくこの館を離れる。」
ナムジュンは顔を上げると、少し考えるようにして僕の顔を見た。
「長いんですか?」
僕は頷いた。
「多分。」
ナムジュンは書物をぱたんと閉じると立ち上がった。
「でも、難しいことでは無い。そうですよね?ここを出なければいいんだ。」
「そうだよ。大丈夫だ。」
僕はナムジュンに手を振ると背を向けた。
「皆をよろしく。」
ジミンが寝っ転がりながらナムジュンに話しかける。
「なに?ジンヒョンどこかに行っちゃうの?」
僕は背中にジミンの不安気な声を感じながら急ぎ足で館を出た。
館の庭を抜けて、僕は普段は行かない場所に来た。六人も近づかない。
六人にはここに来てはならないことを最初に話してあるし、第一彼ら自身がこの場所を恐れていた。
なぜなら、彼らが天界に来る時に通った場所だからだ。
彼らの辛い記憶が詰まった現生とつながる場所だ。
僕は生垣のアーチをくぐった。
柔らかい風が僕を包む。地面に目を落としながらゆっくりと足を進めた。
一歩、又一歩と進むごとにアーチはまばゆい光を帯びていった。
それとともに少しずつ、僕の意識が遠のいていく。
そしてアーチも地面も無くなり、完全な光の中に入って行き、僕自身も光と一体になって溶け込んだ。
「・・・・だからさあ、バイト辞めてやったんだよ。」
「・・・へえ?で?・・」
かったるそうなしゃべり声で目が覚める。
うっすらと目を開けると、ユンギの顔が視界いっぱいに広がっていて、驚いて目を見開いた。
「ヒョン、いつまで寝てんだよ。てか、そんなに驚く?」
僕は固い地面を背中で感じた。
かすかに感じるゴミの臭気。視界に入るのは灰色のガラクタで溢れた下品で地味な世界。
パトカーの音がうるさく鳴り響く。
僕はユンギに恐る恐る聞いた。
「ねえ、今日っていつ?何年の何月何日?」
ユンギは細い目を見開いて、それから僕を揺さぶった。
「おい!頭打った?まじでやばい?」
僕は揺さぶる手を払いのけて起き上がった。
ポケットにスマホが入っているのに気づいて取り出す。
スマホの画面は僕に今日が何日なのかを教えてくれた。
今日は2015年の10月10日。
僕は六人の顔を一人一人眺めた。
戻ってきた。あの日の彼らに。