「歌姫」
「蒼迦さま、お願い、このまま」

―――――ほんの少しだけで良い。蒼迦の胸の中にいれるのならば。
咲良はそれだけを今願っていた。
初めて触れる蒼迦の胸の中は何より暖かく、そして咲良の心を蕩けさせる。

気持ち良い。

だが意に反して、蒼迦は咲良の両肩を掴み、自分から引き離した。

「すまない」
「蒼迦さま」
「俺は、君に想って貰えるような男じゃ無い」

苦しげに絞り出す蒼迦の声。
その声に咲良の胸は引き裂かれんばかりに痛む。

「歌姫―――――俺は、流迦を愛しているんだ」
「ええ」

知っています、と続けたい言葉をどうにか押し殺し、頷く。
そんな事、解り過ぎるほど、解っている。

「流迦以上に愛せる女性など――――――今は考えられない」
「流迦は、燦さまを愛していますわ」
「―――――知っているよ。先に流迦の口からはっきり聞いたところだ」

そう言うと、蒼迦は自嘲気味に笑う。
あまりに痛々しいその笑顔。

「でも、それでも、今は諦める事は出来ないんだ。辛い、苦しい。あいつから離したい。出来る事なら流迦を閉じ込めておきたい、と何度願ったろう・・・・だが、それは出来ない。それも解っている」
「蒼迦さま」
「だが、俺には・・・・・まだ」
「ええ。そうでしょうね・・・・・・・」
「咲良。お前は強い」

不意に名前を呼び捨てられ、咲良は目を瞠る。久しく呼ばれて居なかったその響きに驚きと喜びを胸に隠すと、咲良は蒼迦の言葉の続きを待った。

「解っているよ。あいつがそこまで悪い奴じゃ無いって事は。緋冴やお前、それに水の王子たちまでも、あいつを友として扱っている。そこまでの男はそうそういないだろう」
「はい。燦さまは流迦の為に必死になっておられます」
「これほど流迦を愛していなければ。もしかしたら」
「ええ、きっと蒼迦さまも燦さまを友、と呼んでいたと思いますわ」

咲良は蒼迦の話を切らせない様に、と言葉を選びながら話す。
蒼迦の心の葛藤。
そうだ、本来なら蒼迦はそう言う男だった。
流迦が絡む、ただそれだけでこんなに変わってしまうだけなのだ。

「咲良。どうすれば、諦められるのだろうな」
「――――――それを私に問われるのは酷、と言うものです」

呆れた声で咲良が蒼迦に呟くと、蒼迦はそうだな、と笑みを零す。

「行き過ぎる恋は己を滅ぼす、か」
「――――――え?」
「いや。昔、そう言ってくれた人がいたんだ」

そう言って蒼迦はかぶりを振ると、咲良の頬にそっと指先を走らせる。

「咲良、お前は――――――幸せになってくれ。俺の事は忘れろ」
「・・・・・・・そんな簡単には行きません」

拗ねた顔で咲良は呟き、恨めしそうに蒼迦を見る。
頬に触れた蒼迦の指先は、咲良の先程までのときめきを運ぶ事は無かった。




シスコン兄貴、頑張れ。