緋冴と涼が去って行ってから、咲良は手の甲に乗る青藍にも申し訳無さそうに視線を送った。
それに目ざとく気付いた青藍は静かに飛び上り、咲良と蒼迦をその場に残し、飛び去る。

蒼迦の表情は見るだけで痛々しい。
端正な顔は窪み、瞳は輝きを失っている。

―――――私は。

咲良は長い指を伸ばし、そっと蒼迦の髪に触れてみた。
初めて触れる蒼迦の髪は思っていたよりも柔らかく咲良に指に伝わる。

「歌姫」
「蒼迦さま」

蒼迦はほんの少しだけ顔を上げ、咲良のされるがままにされていた。
咲良の指は優しく蒼迦の髪に触れる。ただ、それだけ。
つと、咲良が思い出したかの様に指を引込めると、蒼迦ももたげていた頭を上げ、真正面から咲良を見つめた。

「大事な、話とは」
「――――ええ。実は父上の事です。実は、父上は私と蒼迦さまを結婚させようと思っているのです。それを蒼迦さまの方から父上にお断りして欲しいのです。私が何を言っても聞きませんから」

蒼迦に取っては寝耳に水の話だ。弾かれた様に咲良の言葉を聞いている。
咲良は淡々と語り、蒼迦と咲良の対照的な表情がまるでその話が戯言の様にも感じる。

「――――――ほ、本当なのか」
「ええ。嘘や甘言は私は好きでは無いわ。ご存じでしょう?」
「しかし」
「蒼迦さまと結婚なんて・・・・私には荷が重すぎですから」

おどけた調子で咲良はそう告げると、心の中を見透かされない様、いつもの様に微笑んだ。
その咲良の微笑みに、蒼迦は曖昧に頷く。

「そうか・・・・いや、解った。父上には俺から話しておくよ」
「ええ。そうして下さい・・・・・」

その場に落ちる静寂に、しばし2人は身を委ねた。
蒼迦にしても、咲良にしても何を話せば良いのか、解らないままだったのだ。

だが、咲良の心は思っていたよりも静かで、冷え切っていた。
最後の賭だったのかもしれない。
もしかしたら、蒼迦はもっと違う言葉を掛けてくれるのでは、と何処かで思ってはいなかったか。
もしかしたら、蒼迦が私を違う目で見てくれるのでは無いかと思っていたのでは無いか。

しかし、予期した通りの答え。
その答えに打ちのめされそうな、だが、どこかで解っていた答えに、咲良の心は冷たいさざなみを浴びせられたかの様に冷え切って行ったのである。

「歌姫」

やがて蒼迦の声が小さく響くと、咲良は冷たい視線でそれに答えた。
今まで見た事も無い咲良の冷たい瞳に蒼迦が傷付くのを解っていながら。

「蒼迦さま。お話は終わりです」

自分でも止められないままの冷たい声。思っていたよりも冷たい声が咲良の耳にも響く。

「あ・・・・・・・」
「出て行って下さい」
「歌姫」

蒼迦の声は困惑か、それとも驚愕か・・・・・
しかし、咲良から浴びせられる冷たい声に、蒼迦は椅子から立ち上がる。

「歌姫」
「―――――何か」
「その飾り、付けていてくれたんだな。嬉しいよ」

咲良の胸に小さく揺れる首飾り。
それは以前に蒼迦が咲良に謝罪の言葉と共に贈ったものだった。
咲良の好みに沿った控え目な輝きを放つその飾りは、贈られて以来肌身離した事は無い。
蒼迦の照れたその声に、咲良はその飾りを思わず手の中に握り締めた。

蒼迦のただ、その一言だけで咲良の瞳に大きく涙が浮かぶ。

ちゃんと、憶えていてくれたのだ。
ただ、それだけ。
それだけで、咲良の心に拡がっていた冷たい気持ちはいとも簡単に熱くなって行くのだ。




咲良、やっぱり報われない恋