「ほら、降りようよ、姫」
「―――――」
涼の不機嫌な顔に多少の戸惑いを見せたものの、緋冴は涼の言葉に甘え、火竜を先程の人影に近付けた。
その緋冴の姿に多少の不快感を涼は味わいながら黙りこんで緋冴の華奢な肩先を見つめている。
―――――鈍感にも程ってものがあるだろ・・・
そう考えながらどんどんと近付くその人影に、涼は緋冴の肩を掴む。
「王子?」
「・・・・あれは」
人影は1つでは無く、2つだった。男女が仲睦まじそうにぴったりとくっ付き合っている。
「――――――ッ!」
瞬時に緋冴は頬を赤らめ、火竜の手綱を落とし掛ける。その手綱をすかさず涼は手に取ると、そのまま火竜をまた空中に飛び立たせる。
ふう、と息を吐いた涼の傍で、緋冴はもじもじとバツが悪そうに黙りこんでいる。
あんな風に抱き合い、口付けをしあう男女など今まで見た事が無かったのだろうか。
真っ赤になって俯く緋冴の顔は堪らなく可愛らしく感じる。
「・・・・・風の王子だったの?」
「え、えッ?――――いや、その、違うと思う・・・」
「そっか、じゃぁ、似てる人だったんだね」
そう涼は何事も無かったかの様に緋冴に話し、火竜の手綱をいとも簡単に手繰って行く。
その手綱さばきは思わず緋冴も見惚れるほど素晴らしいものだった。
「姫は、風の王子が好きなの?」
「は?」
不意に涼が緋冴に問い掛けた事は思いもよらぬもので、緋冴は思わず素っ頓狂な声で答える。
「だって気になってたじゃ無い」
「まさか。龍迦の事など、好きでは無い」
「気付いて無いだけかもしれないよ。嬉しそうにさっきだって話してたし。もう1人の王子の事は名前だけだったけど、龍迦王子の事だけは長々と話してたじゃ無いか」
「そ、それは」
「さっき、思わず手綱を落としたのだって、実は龍迦王子と思って傷付いたからじゃ無いの?」
「ちがッ・・・・・それは、」
緋冴がどんどん困った声音になって行く事に涼は嫉妬が湧きあがってくる。
言いたくない事まで口走ってしまいそうだ。
「もう良いよ。帰ろう」
「え、そんな、ここまで来たのに」
「―――――風宮に行って龍迦王子に連れて行って貰ったら良いじゃないか」
「王子――――何をそんな怒ってるんだ?」
「姫は、本当に鈍感だね」
涼はそう言うと火竜の向きを変え、そのまま風宮の方向へと走らせた。
緋冴は何度も振り返って涼を見るが、冷たい微笑みを涼は浮かべたまま、1言も話さない。
しばらく沈黙が続いた頃、緋冴が堪らず涼の方へ身体を向け、向い合せに座りこんだ。
「何をそんなに怒って」
そう言って緋冴は溜め息をつくと、涼を真っ直ぐに見上げた。
「さっきの事なら勘違いだ。あれは、その・・・・口付けしている処を初めて見たから、その・・・」
そう言って頬を赤らめると、拗ねた様に口を尖らせた。
「龍迦の事は、それだけ良い奴だから、王子と仲良くなってくれたら良いなと思ったのだ。蒼迦はちょっと癖が有るから・・・・」
現に燦なんぞは目の敵だ・・・と言葉を続ける。
「だから、そんな風に思われるのは心外だ。私は、まだ恋なんて程遠い。まだまだ体術や剣術を学んでいる方が面白いのだ。――――女らしく無いのかもしれないが」
そう言うと緋冴は首を傾げて涼に微笑んだ。
その笑顔には嘘も媚も無く、真っ直ぐ涼に向かっている様に感じられる。
「・・・・・姫は女らしいよ」
「え?」
「姫は、僕にはやっぱり素敵な女性だってこと」
涼がそう呟くと、緋冴はまた頬を染め、そしてコツン、と拳で涼の胸板を軽く叩く。
「王子は、変な奴だ」
「変?どこが?」
涼が先程までと違う柔和な微笑みで緋冴を見つめていると、緋冴は小さく溜め息をつく。
「からかってばかりだから、っわッ!」
緋冴が涼に答えようとした瞬間、火竜がグラリ、と大きく揺れ、緋冴の身体はバランスを崩し涼の腕になだれ込んだ。
「いたた・・・・」
「大丈夫?」
ふと見ると、緋冴の身体は涼の腕に抱かれている。涼の胸と片腕の体温を感じると、思わず顔が赤くなるのが解る。
「あ、す、すまん・・・・」
そう言って身を離そうとする緋冴の背中に、涼は優しく力を込めた。
「さっきのは無頼の風だろう・・・危ないからこのままでいて」
「ええッ?こ、このままッ?」
「姫が僕の腰にでも抱き付いてくれるならそれでも良いよ」
「そ、それはちょっと・・・」
そう呟く緋冴に涼はほくそ笑むと、緋冴を横抱きに抱え直し、その肩を左腕にしっかりと抱いた。
「や、でも、ここまでしなくても――――って王子?」
「ほら、危ないから。うん、やっぱり温泉行こうね、姫」
「え、え、また?ちょ、ちょっと・・・」
火竜を軽くいなすと涼はまたも方向転換する。
先程も別段風でぐらついた訳でも無い。ちょっと手綱を動かしただけだ。
まぁ、こんなにうまく抱けるとは思わなかったけど・・・・。
涼の腕の中で恥ずかしそうに瞳を伏せる赤い髪の姫が余りにも可愛らしい。
気丈にふるまおうとするその態度と裏腹の初々しさに涼は嬉しさを隠せないでいた。
ふと見ると、火竜がこちらをほんの少し窺っている。その姿に頷いて見せると、火竜は何故か片目を瞑って涼を見た。
緋冴さま、やっぱり騙されやすいのね←
え―――――この温泉へ行こうですが。
外伝な癖に限定記事やります(多分)