燦が広間に現れたのは、緋冴が咲良を止めてから数時間経ってからの事だった。
見る限り、燦の足取りはしっかりしていてそこまで心配する事も無かったか、と咲良は胸を撫で下ろした。
「燦さま、お加減はどうでしょうか?」
「咲良さま・・・はい、もうすっかり」
にこやかに咲良に微笑み掛ける燦の傍らにいつも傍にいる自分の幼馴染の姿が見えないのに気付くと、咲良は訝しげに首を傾げた。
「あの、流迦は・・・・?」
流迦の名前を呟くと見る間に燦の頬が朱に染まる。
「あの、ちょっと眠ってしまって・・・・」
「まぁ、流迦が?」
「はい、その・・・・・・」
「燦の看病疲れが出たのだろう。燦が目覚めて気が緩んだのでは無いか?」
燦が言い澱んでいるのを不思議そうに咲良が眺めていると、横から緋冴がひょっこりと顔を出した。
「確かに、そうかもしれませんね・・・ほとんど休んでもいなかったでしょうから」
「はは・・・そうですね」
曖昧に燦が不自然な笑みを浮かべると、緋冴の瞳が微かに煌めいた。
その瞳の煌めきに燦が目線を外すと、緋冴はまじまじと燦を見つめ、1つ息を吐いた。
「燦。父上に挨拶なさい。先程から皆お待ちかねだ・・・・それと・・・・」
何やってるんだ、お前は・・・と小さく燦にだけ聞こえる様に囁くと、燦の背中を押し出した。
「あ、姉上・・・」
困った表情で緋冴に瞳を向ける弟の頭をくしゃくしゃと掻き毟ると、満面の笑みを燦に返してやる。
そうか、そうか・・・燦の嫁は決まったな――――――そう心の中で呟くと、良くやったとばかりに燦の背中を小気味良い音を立てて叩く。
そんな姉の上機嫌な顔に、燦は曖昧に笑って見せた。
――――絶対、バレてる・・・
「もうだいぶ良さそうだな、心配したぞ」
「全く――――無茶すんなよ」
『だから青藍のせいなのよッ、綾迦!』
「五月蠅い」
「お陰で助かった訳だからね」
燦を目の前にそれぞれの会話が繰り拡げられている。
風王綾迦、火王焔、隼、青藍そして水王涬は優しい眼差しを燦に向けると、その視線の先で燦は跪いて頭を垂れた。
「ご心配をお掛けしました。父上、風王さま、水王さま。それに青藍も、隼も・・・・」
「堅苦しい挨拶は良い、良い」
燦の姿に綾迦は鷹揚に手を振ると、燦に微笑んだ。
その相変わらずの美しさと艶やかさに、燦の頬は紅潮して行く。
「さて。ここ最近の話は涬や焔から聞いた。色々知ってしまった様だな・・・・」
「はい。図らずも、と言いますか」
「緋冴がやられるとは私も思ってはいなかった。緋冴には龍迦を護衛に付けようと思ったのだが、緋冴が嫌がってな」
困った顔で緋冴に綾迦は視線を投げると、緋冴はその視線の先で首を振っている。
「強情なやつだ。次相対すれば負けんらしい」
「はは・・・姉上らしいですね」
「さて、緋冴を襲った少女だが・・・・相当強いらしいな。隼は見たのか?」
綾迦の言葉に隼は申し訳なさそうに首を振り、燦の傍に漂った。
『あの時は燦の中で眠っていたのよ・・・・余程の負けっぷりに何だかムカついて話し掛けたの』
「ふむ・・・・気はどうだ?何か感じたとか」
「いえ、綾迦さま。あの者は完全に気も封じていました・・・・それにあの体さばきも只者では」
緋冴の言葉に綾迦の美しい眉が顰められ、しばし思案しながら溜め息を付いた。
「そうか――――自身の気を完全に消せて、尚且つ緋冴が油断するような少女。しかも燦と流迦が聖域に入った事まで知っていて、結界をすり抜ける事が出来る・・・・・」
「「綾迦」」
焔と涬の呼び掛けに綾迦は頷く。
「まぁ、良い――――いずれ出てくるだろう、あの化け物め」
憎々しげに言い放った綾迦の瞳には今まで燦が見た事も無い程の強い光が宿っていた。