「立て」
――――――――――――鈴の様に耳に心地よく響く声にゆっくりと瞳を開けると、逆光の中に人影が映っていた。眩しさに瞳を細めると、頬に細長い剣が突き付けられ、頬にその冷たさが感じられる。
「お前は、誰だ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇Far expectation 1
「物騒だね」
突き付けられたその細い剣を長い指先でゆっくりと頬から離すと、突き付けられた当の本人は意にも介さない風に寝そべっていたその場所から身を起こした。
「殺気も無いくせに、すぐ剣を抜くなんて随分お転婆なお嬢さんだ。君こそ誰だ?ここは聖域だよ。そんな簡単に入れないんだけどなぁ」
そう言い放つ青年は光の加減によっては藍色に見える髪を揺らしながら立ち上がった。
そうして眼前の少女の前に立つと、首を傾げた。
「――――見掛けない顔だね・・・」
「お前、この聖域に何故入れる?ここはッ」
そういきり立つ少女の顔はまだ端正だが、まだあどけない。キラキラと光るその瞳もまだまだ少女の持つ物だ。
「ここは?そうか、それを知っていると言う事は君は陽の一族なのか」
自分で納得しながら頷く青年は少女の背より頭2つ分は高い。
細く引き締まった身体は無駄な肉は何1つなさそうだ。美麗、と言うよりも整った顔立ちは精悍さが先に感じられた。
「それで?陽の一族のお嬢さん。君は何をしているの?」
「・・・・・お前は」
誰だ、とまたも聞き返そうとして、少女の声は止まった。
目の前の青年に邪気は何1つ感じられない。それどころか周囲の空気は清廉で透き通っている。
邪気で無いのならば、この清浄な聖域に入れる者は少ない。
「まあ、良い。私はここに用が有って来たのだ」
少女は剣を鞘にしまい込みながら呟くと、青年のオニキスの瞳が細められた。
「用が?」
「ああ。いきなり不粋な真似をしてすまなかった。最近この辺りも物騒だから、つい、な」
「―――ああ、どうも最近妖魔や幻魔・・・随分蔓延っている様だね」
事も無げに青年はそう呟くと、髪をかき上げた。
「で、僕は幻魔と間違えられたのかな、お嬢さん?」
青年のその言葉に少女は息を飲むと、ほんの少し頬を紅潮させ、頷いた。
「幻魔はその姿を見目麗しいモノに変えると聞いていたから、つい」
「見目麗しい、ね。なら君だって幻魔に間違えらるかもしれないよ」
くすり、とその形の良い唇に笑みを浮かべると、少女は見る間に頬を紅潮させて行く。
「ちゃんと謝罪したろう。からかわないでくれ」
その言葉に疑問の声を上げかけながら、まだまだ自分の価値が解っていない少女を凝視してしまう。
「からかってなどいないよ。心外だな」
「――――じゃぁ、ありがとう。そう言われると、悪い気はしない。幻魔に間違えられて悪い気がしない、等とは変だがな」
そう言うと首を傾げて花が咲いた様に微笑む。その可愛らしい笑顔につられて青年も微笑んだ。
「じゃぁ、私は行く。早く用を済まさなければ兄上に叱られてしまう」
「ああ、そうか」
青年はそう呟くと跪き、少女のドレスの裾を手に取り口付けた。
「俺の名前は朔。また会えると良いね、陽のお嬢さん」
「――――朔。朔か。私の名は――――」
少女が言い掛けると、青年は立ち上がり、微笑みながら手を振った。
「それは次回のお楽しみにしておくよ。さようなら、可愛らしいお嬢さん」
青年が言い終えると同時に青年の姿は漆黒のベールに包まれ、空間に溶け込んだ。
「あ、待っ―――」
少女の言葉が言い終わる前にそのベールは姿を消し、辺りには周囲と同様の景色が拡がっていた。
はい、外伝を書いてみました!
本編としばらくは同時進行で行きたいと思います。
どっちかが詰まったら片方だけだと思われます(汗)