「満那は美しい銀糸の髪で、水龍の加護を受けているかの如く剣術、体術に優れた娘だった。深那は深い黒髪で、水の姫巫女としての神気が著しく強い娘だった。―――そこにいる涼や鴻と同じ髪、そして同じ瞳を持っていてね。自慢の娘だったよ。いずれ、陽の一族とまた自由に行き来出来るのを楽しみにしていてね。優しい娘たちだった」
ふう、と息を付くと、涬は近くに有った神酒の盃を手に取り、一気に飲み干した。
「――姉上は俺達の自慢だった。強く、優しく。慈愛に満ちた瞳の煌めきを、俺は今でも夢に見る」
「僕はいつも姉上にくっ付いていたのに。あの日・・・あの日に限って姉上から離れてしまっていたんだ」
鴻と涼が涬の後に続く言葉を淡々と語り出した。
青藍と隼は、真剣な面持ちで頷いている。
「満那も深那も結界をすり抜ける事が出来た。何故、外に出たのか・・・それは今でも謎のままだ。やっと掴む事が出来た気配を探して、そこに行くと・・・・・美しい聖域に変化していた。そこは只の荒涼な山だったのに、だ」
「薄っすらと残っていたのは姉上の消えていく神気と、満那姉上の剣。そして夥しい血がどんどんと聖域に変わって行く様だけ。闇の一族と土の一族が誰かの死を認め、聖域へと変えて行く、それをまざまざと見せ付けられた」
「邪気は全く無かった。満那姉上と深那姉上の神気のみ、そこに拡がって・・・認めたくは無かった。無かったけど――――父上も俺達も・・・・姉上が自害した、と考えた」
ああ――――どれほど辛い光景だったのだろう。
青藍も隼もしっかりと目を見開き、3人の苦しげな顔を凝視している。
「自害、など・・・有り得ない。そう考えれば考えるほど、解らなくなって行くんだよ。もしや私は満那と深那の何か深い悩みを知らなかったのではなかろうか、閉じ込めてしまった事が2人を追い詰めたのではなかろうか、とね」
涬が瞼を伏せると、青藍は立ち上がり、そして涬をきつく抱き締めた。
「ッか野郎・・・・」
「青藍・・・」
「そんな事、有るはず無い。あの嬢ちゃん達がそんな・・・」
グッと何かを耐える様に青藍は言葉を止め、そして涬もまた青藍を抱き締めた。
「許してくれ、青藍。どうしても、言えなかった。言えば、満那も深那も自害した罪を・・・」
「無いッ!そんな事有るはずが無いッ!―――頼む、涬。そう言ってくれ。頼む・・・・」
『青藍・・・涬・・・』
隼がそっと自分の目頭を押さえた。
燦はそんな隼の肩に手を置くと、そっと肩を抱いてやる。
「―――何も、疑う余地は無かったのですか・・・?水王さま」
「・・・良い質問だ、火の王子。正確には有った。だが微々たるものだ。まずは聖域に変わるのが余りにも早かった事。だがこれは彼女たちの神気が強ければその可能性は有るものだ。後は・・・ごくたまに満那の神気を感じる時が有る。だが、これも―――思い込みに過ぎない、そう思う」
「でも、微々たる事でも疑念が有るのなら・・・俺なら、その微々たる可能性に賭けます。いや、賭けたいと強く思います」
燦の言葉に涼はぴくりと眉を上げ、鴻は驚いた顔で燦を見た。
「愛する人を無くす辛さは、知ってるつもりです。俺は母が死んだ時、傍にいました。どんどんと死の淵に近付く母をただ、見守る事しか出来ませんでした。だけどその死に直面したからこそ、俺は母の死を受け入れられた。その場面に直面して居ないのに諦める事なんて、俺には・・・出来ません」
燦のその言葉に涬は辛そうに微笑んだ。
「君にとって、光紅の存在と同じく、満那や深那は私たちに取っても大事な存在。君の言い分はきっと――――正しいのだろう。涼も鴻も君と同意見だろうね」
涬の言葉に涼と鴻はしっかりと頷いた。
「姉上が自害した等と、今でも信じられません」
「だから―――父上のお言いつけに背いてまでも、あの聖域へ入り、調べていたのです・・・邪魔が入りましたが」
鴻がちらりとこちらを見ると、きつい瞳で燦を見つめ、そしてやや有ってほんの少し優しい光に変化した。
「そうだ、涬。もう一度調べよう。もうこうなりゃ、何もかも一緒に調べるんだッ。風宮に来い。そして風華祭まで風宮に滞在しろ。な、そうしろ」
「青藍・・・」
青藍の提案に涬は大きく息を付くと、呆れたように声を上げた。
「そんな事、出来る訳は無いだろう」
「出来る。聖域の守りなら俺が連れて飛んでやる。綾迦にも頼んでやる。必要なら焔や皇、煌にだって。この水宮に一番の結界を張るんだ。そうすればお前が居なくても何とかなる」
青藍はそう言うと、隼を軽々と抱き抱え、涬の眼前に差し出した。
『ちょ、青藍ッ!』
「お前だけの結界では駄目ならここにまだいるだろう!こいつの風の結界も張れ!」