「―――で、一体何の用だ?」
涬が徐に青藍に問い掛けると、青藍はさあ?と首を傾げながら隼を指差した。
「下らん。隼に用は無い」
『ちょ、ちょっとッ!相変わらずの冷酷さね、アンタって男はッ』
「いや、あの、水王さまに用事が有るのは俺なんです。それで隼が此処まで連れて来てくれて・・・青藍は付添いって言うか、俺だけでは心許無いので―――言うなれば保護者なんです。お話を、聞いて頂けませんか?」
隼に冷たい一言を叩き付けた水王はその双眸を燦に向けると、小さく頷いた。
「光紅には昔世話になったからな。その愛息・・・無下には出来ん。ま、仕方無いから隼も来い。青藍、行くぞ」
「はいはい」
行く?行くってどこに?
燦が訝しげに首を傾げる。だいたいいつもの事だ。急にどっかに飛ばされるかもしれない。
気を付けなくては。燦はそう考えると、身構える。
「あ、大丈夫。水の壁から入るから。な、涬」
「愛息、だからな」
愛息、愛息と水王は何回も連呼するが、そんなに母と付き合いが深かったのだろうか・・・。
そう考えていると、最初に涬が現れた時と同じく、空間に薄い氷の様な壁が浮かんだ。
すうっとその間が割れると、涬はゆっくりとそこへ燦を招き入れる。次いで青藍、隼を入れると、自分をも入り込んだ。
次に燦の眼前に拡がるのは煌びやかな、宮殿の中、だった。
「え?え?ええええっ??」
「扉から入ったからそのまま部屋に繋いだ。まあ、座れ」
涬がその場の席を指すと、燦は大人しくその言葉に従った。
「何が聞きたいのかな?」
「あの、―――その前に1つお詫びをしないといけない事が有るんです」
燦の言葉に優しい瞳を向けた涬はやや驚いた様に眉を上げると、先を促す様に顎を持ち上げた。
「実は・・・少し前になるのですが、誤って聖域に入ってしまいました。すみません」
「―――聖域?」
「はい。あの、・・・・水王さまの守られている、聖域の1つ、です」
涼や鴻も入るのを禁じられている聖域だ。どこかと言えば涼や鴻が処罰されてしまうかもしれない。
言葉を選ばなくては、と思いながら燦を見つめるその互いに違う瞳に見透かされている様で、燦の心は粟立った。
「―――うん、許す。もう良い。涼や鴻も怒って無いから安心しろ」
そのあっさりと言い放った言葉に燦が顔を上げると、水王は艶然と微笑んだ。
「知ってる。綾迦や焔はあの後すぐに書簡を送って来た」
「そ、そう、ですか」
「気にしなくて良い。それに君は面白い。隼なんかと良く契約出来たものだ。それに青藍も君には心を砕いているようだし、ね」
そう言い終わると涬は青藍と隼を見つめた。
青藍はやや有って小さく頷き、隼はこれでもか、と笑顔を涬に返す。
「水王さま、俺が聞きたいのは・・・結界をすり抜ける力を持つ一族は、陰の一族さまの中に存在するんでしょうか?あの・・・俺達がしてしまった様に、偶然にでも、故意にでも良いんです。もしくは千里眼って言うのか・・・涼さまや鴻さまが懇意にされている一族の中で・・・」
「―――ふむ」
燦の質問を噛み砕いて消化させると、涬は軽く両手を叩いた。
すばやく部屋の外から衣擦れの音が聞こえる。
「涼と鴻を」
涬の声に部屋の外から頷く気配がすると、静かにその衣擦れの音が消える。
「涼と鴻にそんなに懇意にしている者は少ない。だが、本人達から聞くと良い。そして、結界をすり抜ける力だが、これは確かに存在する。力の弱い者が作った結界は簡単に強い力によって破られる。だが、すり抜ける、と言うのは力の強さでは無い。そして1つの一族に、与えられた力でも無い。陰陽両方にその特異な力が生まれる事が有る、と言う事だ。例えば、流迦」
あの聖域へ入り込んだのは、やはり流迦のすり抜ける力のせい・・・。
「涼や鴻には風の一族にすり抜ける力が有る、とは伝えておいたから、聖域に入り込んだ者が風の一族と知ったらそこまで動じなかっただろう?」
「は、い・・・確か、[成程ね]って・・・」
燦の言葉に涬は満足気に頷く。
「ちゃんと話を聞いているようで良かったよ。あいつらは―――姉を失ってから、少々おかしくてね」
いや、もんのすごい怖かったですよッ?!
そう言いたいのを我慢したのは、彼らもまた愛する者を失ったからだ・・・。
緋冴にもそう言われたのに・・・やっぱり俺はまだまだだな・・・。
「おい、姉って・・・」
青藍が怪訝な顔を涬に向けた。隼も同様だ。
「ああ、そうだ。満那と深那は死んだ」
「まさかッ!あのお嬢ちゃん達が死ぬはずないだろうッ!!!」
青藍の声が部屋中に響いた。隼は驚きで声も出せず、口を両手で押えている。
「水の一族の中でも最強の称号を与えられた満那。そしてそれにいつもくっついていた深那。娘は―――死んだのだ。青藍」
「嘘だ・・・そんな・・・綾迦は、綾迦は何も言わなかったぞ!」
「お前たちが、娘を愛しく可愛がっていたのを知っていたからだ。だから、言わずに・・・」
「バカ野郎ッ!!!」
そう言うと青藍は涬の胸ぐらを掴み、物凄い形相で睨み付けた。
『どうして、なの・・・どうして、満那や、深那が・・』
崩れ落ちる隼の背を燦は優しくさすった。人型がぐにゃりと緩んで、隼の姿が陽炎の様に霞む。
「隼・・・」
『我が君・・・ごめんなさい、あたし・・・』
「聞きたくないなら、俺の中に入って。そして聞こえない様にしてろ、な?」
『ふふ・・我が君の力はまだ小さいから中に入れば全て見えなくなるし、聞こえなくなる。あたしが力を貸さなければ・・・でも、聞かなければ・・・水の愛し子の最後を・・・聞かなくては行けないわ』
隼の絞り出す声に、燦は黙って頷くしか無かった。