「解った、ありがとう、隼」
やっとの思いで燦はそれだけを呟くと、青褪めながら燦に抱かれている流迦を優しく抱き締めた。
「大丈夫か」
「・・・燦さま・・・」
小刻みに震える唇で何とか燦の名前を呼ぶと、流迦は小さく頷いた。
今から水王の処へ行こうにも、これ以上流迦や烟に心痛を抱かせて良いのか・・・
燦はそっと流迦の頬を撫で、その細い肩を抱く。
「流迦、烟。俺は今から水王の処へ行くつもりだ。ここで姉上と咲良さまを頼む」
「えッ・・・・」
「兄上、私もご一緒に・・・!」
流迦と烟の驚いた声を首を振って否定する。
「ここで、待ってて欲しいんだ」
出来る限り優しく、だが、ハッキリと燦は2人に告げる。
「・・・解りました。流迦はここで燦さまのお帰りをお待ちしています」
「風姫、良いのですか」
「はい、烟さま。燦さまがそう仰るのでしたら流迦はいつまでもお待ちします」
意思を込めたその言葉に烟は何かを言い掛けたが、納得行かない顔で押し黙る。
「頼む。―――隼、水王の処へ連れて行ってくれるか?」
『良いわ、我が君。・・・水王か・・・ふふ、本当に久しぶり。良い男なのよ、これが。あの冷たい視線がまた・・・でも、やっぱりあたしだけだと不安だから助っ人も呼びましょう』
「助っ人?」
そう燦が首を傾げ、隼に聞き返すと、隼は意味深に微笑んだ。
『行くわよ』
「え?もう?ちょ、ちょっと待て―――ッ!!!」
燦の叫び声をものともせず、隼は燦をその両腕にかき抱いた。
『水の精霊、蛟、あたしよ、隼よ。さぁ、その長い美しい尾であたしを抱きとめて頂戴』
隼は優しい声音で何かにそう囁いた―――直後、凄まじい遠心力が燦の身体に降り掛かり、思わず眼を閉じる。
『風霊王が霊鳥、我と古に契約を果たしたモノよ――契約に従い、我と共に』
隼の言葉が続く。
燦の耳元の轟音とそれに反する優しい隼の声音が響いた。
ふ、と、急激に身体を襲っていた力が止み、恐る恐る燦が瞳を開くと、そこは見慣れない、だがとても美しい居城が立ち聳えていた。
燦と隼の周りにぼんやりと長い尾が絡みついている。
さっき、隼が呼んでいた蛟、と言う精霊だろうか。
『着いたわ―――ありがとう、蛟。後でまた会いに来るわね』
隼がそう言うと、燦と隼に絡み付いていた長い尾が跡形も無く消えた。
それに驚く様子も無い隼に思わず燦は大声を出してしまう。
「おま、おま、お前ッ!!イキナリ過ぎるだろう!!!」
燦が耐え切れず隼に怒鳴りつけると、後方から大きな溜め息が聞こえて来る。
「全くだ」
その言葉の端々に険が籠っている。どこかで聞いたような声だ。
燦が振り向くと、濡れた様な黒髪の青年が立っている。切れ長の眼に言い表せない程の怒りを漂わせた、なかなかの美青年だ。
声は聞き覚えが有る―――確かに。だが、その青年は見覚えが無い。
「隼・・・てめぇ」
『だって、その方が楽しいじゃ無いの』
「何が楽しい―――つまらん。あぁ、燦。怪我は無いか?」
見知った様に優しく自分に声を掛ける青年に燦はコクコク、と頷いた。
「隼、一体何の用だ?こっちは忙しいんだ」
『あたしだけじゃ分が悪いのよ―――解るでしょ?』
隼のその言葉にクッと口の端を持ち上げると、煩わしそうにまた溜め息を着き、その青年は燦に向き直った。
「燦、あんまり時間が無いからな、さ、行くぞ」
そう言うと、青年と隼は燦を尻目にすたすたと歩みを居城へと向ける。
「ちょ―――っと待った!」
燦が慌てて前を行く2人を止める。
「何だ?」『何よ?』
2人は同時に振り向き、同様の言葉を発する。
「―――誰?」
燦が青年を指差すと、青年と隼は一瞬お互い顔を見合わせ、しばしの間黙り込み、そして大きく笑い声を上げた。
「すまん、すまん。俺だ、燦。[青藍]だよ」
『あたしが呼んだから人型だったから・・・ごめんね、我が君』
「―――せ、青藍ッ?!本当にッ?」
燦が呆然としている姿に2人は微笑みながら頷いた。
「いや、あの・・・笑えない・・・」
『だって、青藍の人型ってかなりの美形でしょ?あたしが呼んだから人型でって感じで呼んだの。それに青藍とあたしは契約も交わしているからすぐ呼べるのよ』
「風矢と契約している風霊は皆お互いをも契約している。風矢に何か有った時、自分達だけでも強い精霊を呼べる様に、な。力が弱い精霊は高位の精霊を簡単には呼び出せないからな。ま、俺は個人でも持ち霊は多い方だし、しかも強いから呼び出されるばっかりだが」
そう言いながら苦々しげに青藍は隼を見るが、隼は至って気にもしていない様子だ。
「いや、まぁ、それは良いよ・・・うん。色々有るんだろうし――だけど、青藍、1つだけ、良いか?」
「何だ。何でも言ってみろ」
腕を組みながら青藍が頷くのを確認すると、燦は息を吸い込み、小さく呟いた。
「性格・・・違い過ぎ」
「・・・何かと思えばそれか。――下らん。行くぞ、燦」
いや、下らなく無いって・・・燦はそれ以上は突っ込む事もせず、ただ2人の後を付いて行くしか無かった。
「ところでさ、青藍」
「何だ?」
「後で、色々教えて欲しい事が有るんだ、その―――火宮に帰る前に」
「―――お前のその優しさがその内、仇にならん様にしろよ」
青藍の言葉が、どことなく優しさを含み燦を包んだ。
「解ってる。それと―――呼んでくれたのは隼の優しさなんだ。あんまり怒らないでやってくれ」
『我が君・・・』
「来てくれて、ありがとう、青藍」
燦が照れながらやっとそう言い切ると、青藍は長い手を伸ばし燦の頭を撫でた。
「気にするな。――隼、良かったな」
『ええ、本当に』
青藍の言葉の裏―――燦に使役されて良かったな、との青藍の言葉に隼は素直に頷き、そして水の城へと歩みを進めた。