「動かないで、火の王子。傷付けるつもりは無いの。・・・それにしても先に言われた様に火宮に逃げていればこんな事にはならなかったでしょうね、末の王子。貴方の失態ね・・・人質になるなんて」


少女の言葉にその場にいた皆が凍りつく。


「私はここを離れたいだけよ」


「抜か、せ・・・」


緋冴が痛みを堪えながら少女に向かって気丈に言い放った。


「火の姫、月刃を2枚投げるなら、もう少し考えないとね。両側から投げるだけでは月刃が泣くわよ」


「その、月刃は―――、何故・・」


「―――使いこなせないと、早死にするわ、火の姫。重ねて投げてみなさい。そうして陰陽の月を作るのよ」


少女の飄々とした表情から放たれる言葉に緋冴は苦々しげに睨み付けると、両肩を揺らした。


「お願いです。緋冴さまの治療を・・・」


居た堪れない緋冴の様子に咲良が少女に懇願した。そして少女の返事も聞かずに緋冴に走り寄り、涙を浮かべながら緋冴の腕を取った。


「慈悲深い華の姫、その治癒の力を惜しげもなくお使いに?」


「貴女は誰なのですかッ!?緋冴さまを傷付け、この火宮に無断で入るなど・・・」


流迦が感情を露わに少女に詰め寄る。


「―――風姫」


少女の表情は緋冴や咲良に対するものとは余りにも異なっていた。流迦を見る瞳には隠しようもない悲しみ、そしてやり場の無い怒りがありありと見える。


「ご自分も水の聖域に入られたでは有りませんか」


少女の言葉は氷の刃の様に流迦を貫いた。


「知らなかったとは言え、貴女も同じだ。無断で入った・・・その事はね。自分は許されて当然な身分―――そう言う訳ですか?」


流迦の唇が小刻みに震え、思わず俯く。


「止めろ」


燦の声が遠くで聞こえる気がした。


「火の王子。これだけは申し上げておきます。今此処にいる何人も私には勝てません。残念ながらね」


「それは解らん。あんまり舐めるなよ」


燦が怒りを押し留める様に低い声で少女に言った。


「ふふ。―――いいえ、私を殺せるのは1人だけです」


「殺す、だと?」


殺す気などさらさら無かった燦は眉を顰め、聞き返した。


「ほら、そこです。貴方は甘い。殺す気が無ければ私には勝てませんよ。火の姫、貴女もね」


そして興味を失った―――とばかりに厳しい瞳を燦に向けると、言葉を続けた。


「それではお暇致します。またいずれお会いするでしょう。ああ、全員では御座いませんが」


少女はひらひらと手を振ると、烟の傍から忽然と姿を消した。


「流迦ッ―――」


燦が慌てて流迦に近寄り、その身体を抱き締めた。相変わらず小刻みに身体が震えている。


「燦さま・・・」


「何だ?どうした、流迦」


「風の矢を・・・咲良の華の香りと共に放ちました。いずれ居場所も解るでしょう」


そう言うと、流迦の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「香矢を・・放ったのか、流迦・・・ありがとう」


緋冴が苦しげに流迦に礼を述べると、咲良に腕を抑え付けられ、顔を顰める。


「緋冴さま、動いてはいけません。さ、この香りを嗅いで・・・」


咲良が小さく身を捩じらせ力を込めると、辺りには何とも言えない甘美な香りが立ち込めた。


「・・・・・は・・・」


緋冴が一息息を着くと、コトリ、と首を項垂れた。


「この香りは・・・?」


「これは華の一族に伝わる香りの1つ、なのです。色々な花の香りを煎じ、調合させ・・・作ります。この香りには自分の治癒能力を高める効力が有ります」


燦の問いに咲良は答え終わると、胸に隠し持っていた細長い剣を取り出し、己の手の平を横に薙いだ。


「咲良さまッ!」


思わず烟が声を上げる。


「だ、大丈夫です。烟さま・・・」


弱弱しく咲良は答えると、更に身体に力を込め、その白い手の平から流れ出る血を見つめた。


赤く流れ出る血に力を込めると、驚いた事にその血はキラキラと輝き始め、赤から金色に変わって行った。