どこからか女性の声音が聞こえて来た。しかもその声は四方八方から聞こえ、居場所の特定が出来ない。

「姿を見せずに邪気は無いと?」

笑わせるな―――。緋冴の心の声が聞こえてくるようだ。

「どうやってこの火の宮の結界を潜った?」

「結界・・・?あぁ、そんなもの、有りました?」

声の主は楽しげに声を弾ました。結界など関係無い―――そう言いたげだ。

「お前―――何者?」

「さて。何者かと、問われても。我が一族は遠い昔に滅んだ一族。名乗る名前も忘れました」

「そこかッ!」

燦の怒声が飛び、その声と同時に燦の腰に有った長い鞭が槍の如く伸び、地面に突き刺さった。

「―――お見事。しかしなかなかお優しい。女を傷付けるのはお嫌らしい」

くすくすと笑い声を上げながら、まるでそこにだけ透明な硝子が割れ落ちる様に1人の少女が浮かび上がった。

痩躯で小柄な体付きに、黒い服を纏っている。女性らしさも何も無い服装だが、すらりと伸びた足を隠そうともしない、短い服だ。黒髪を頭の上で結いつけている。

「何者だ?滅びた一族とは何だ?」

燦が再度問い掛けるが、少女は自身の結界を燦に解かれてしまった事に笑みを浮かべていた。

「やりますね、火の王子。ではこれにてこの場を辞したいのですが・・・やはり無理ですか?」

少女の言葉が終る前に緋冴の刃が少女に向かって放たれた。

ひらり、と少女は身を翻すと、腰から細長い、いささか短めの剣を出すと緋冴から放たれた刃をいとも簡単に撃ち落とした。

「月刃とは―――珍しい」

少女が落ちた刃を拾い上げると、その月の形の刃を見つめた。

「ふふ・・・月刃、か」

少女はその刃を指先で挟み込むと、その刹那、緋冴に向かって投げつけた。

「―――ッ!」

その速さ、鋭さは緋冴が投げた月刃等とは桁違いだ。

燦は身を捩って鞭を手繰り、月刃の軌道を変える。


キィンッ―――何とか弾けたか、と体勢を整えようとする。

しかし―――。

「甘い、甘いですね、火の王子・・・月刃はそんなものでは防げない」

少女が優しく囁き、燦が緋冴を振り返ると、弾いたはずの月刃が緋冴の右腕を掠った処だった。

「あうッ!」

「姉上ッッ!!」

「燦さま、危ない!」

流迦の悲鳴が聞こえ、緋冴から少女に向き直ると少女の短剣が燦の眼前まで迫っていた。

「フッ―――!!」

鞭を腰に巻きつけ、慌てて剣に持ち替えると、燦は寸前の処で短剣を受け止めた。

「お見事。ではこれは如何?」

少女は軽く身を屈めると燦の足に向かって自身の足から蹴りを繰り出し、よろめいた燦に肘を鳩尾に向け付き入れた。

「―――ッ」

思わずよろめいた燦に少女は垂れてくる髪を薙ぎ払い、微笑んだ。

「なかなかやりますね。思わず身を引かれましたね?」

―――強い。この少女は強い。

女だと思っていたら、やられる。燦は少女だからと言って、甘く見てしまった自分を恥じた。

「ですから―――闘いたい訳では無いのですが・・・」

燦の纏っている気が変わった事に気付き、少女は苦笑いを浮かべた。

本気になられると、少々分が悪い―――。右腕を抑えながらこちらを見ている緋冴にチロリと視線を送ると、少女は空中に飛び上がった。

「行かすかッ!」

燦が素早く剣から鞭に持ち替え、少女の足に鞭を絡ませた。

「あらあら」

困ったわ、とばかりに少女の短剣が燦の鞭に滑り込む。

「あら?」

「簡単に切られるかッ!」

「切る気は―――無いのですが」

そう言うと短剣から隙間を作り、少女は足をすり抜けさせ、くるりと身体を反転させると烟の傍らに降り立った。

「烟ッ!」

燦の悲痛な声が周囲に響くと、少女はにんまりと笑った。