「萌姫、どうか落ち着いて下さい」
燦は崩れ落ちる萌の背を優しく撫でると、自分の衣で涙だらけの顔を拭った。
その行動に萌は口をパクパクとさせながらされるがままになっている。
「泣いたら折角の化粧が台無しになりますよ」
その燦の言葉に思わず龍迦と緋冴が吹き出し、萌は唖然とした表情を浮かべた。
「け、化粧なんてそんなにしてないし、だいたい、服で拭う!?」
「あ、そ、そうですね・・・すみません」
燦が素直に頭を下げると、またも萌は拍子抜けした様に口を噤んだ。
「・・・・緋冴。お前の弟は空気が読めないのか?」
「抜かせ。場を考えてるからこそお調子者になっているのだ。ま、素直すぎるのは間違い無いだろうがな」
「・・・そう、か・・・?」
「お前には出来ぬ芸当だろう。こんな風に周りを抑え込むなど・・・さすが我が弟だ」
うんうんと緋冴は頷き、微笑みを燦に向けた。
「絶対、違う・・・」
龍迦はそんな緋冴を横目で見ながらぽそりと呟いた。
「萌姫、誰だって間違ったりする事はあります。だから気にしなくて良いんですよ」
燦は口を噤む萌の背を優しく撫でながら快活な笑顔を萌に向けた。
「・・・うん」
「萌姫だけが悪いんじゃ有りません。だからこそ事の真偽を図るのは難しいんです。俺・・・あ、僕も良く間違えて姉上に怒られます」
「おい、燦・・・」
緋冴が思わず身を乗り出そうとすると、龍迦が肩を抑え留める。
「私は燦を怒ったりそんなにしていないぞ・・・」
ぶつぶつと腕組みをしながら小言を言う緋冴の肩を龍迦は軽く叩くと、微笑みながら緋冴の耳に唇を寄せ囁いた。
「時には、嘘も必要さ。な、緋冴」
「解っておるわっ」
少々頬が膨らむ幼馴染に湧き上がる笑いを抑え、龍迦は燦と萌のやり取りを見守った。
「・・・本当にあ、貴方も怒られる・・・?」
小さく問い掛ける萌に燦は大きく頷くと、両手を拡げた。
「この位怒られますよ」
「・・・・」
両手を拡げながら笑顔を向ける燦に、ゆっくりと萌は顔を上げた。
「・・・じゃ、じゃぁ、まだ萌の方がマシ?」
「ええ、マシです。そりゃぁ、姉上が怒ったら大変ですからね」
燦は怯えた様な顔をわざと作ると人差し指で「内緒」の仕草を取った。
その仕草に萌は少し安心した様に小さく頷くと、ほんの少しだけ微笑んだ。
後方で龍迦の押し殺した笑いの気配がする。
姉上が拗ねているかもしれない。
うん、後で怒られるな、こりゃ。
「立てますか?」
萌の様子が落ち着いたと見た燦は先に立ち上がると片手を萌に差し出した。
「・・・・うん」
萌はおずおずと燦の手に自分の手を載せ、燦はその暖かな温度を感じると、ゆっくりと萌を立たせた。
「・・・ひ、緋冴さま・・・」
怯えた瞳を隠す事も出来ぬまま、萌は緋冴を上目使いで見上げた。
「・・・」
緋冴と龍迦は静かに萌を見る。
「ごめんな、さい・・・」
それは消え入るようにか細かったが、確かに萌は謝罪の言葉を口にした。
その言葉に燦は満足そうに微笑みながら緋冴に片目を瞑る。
仕方ない・・・緋冴は小さく溜め息を着くと、解ったとばかりに萌の頭を撫でた。
「これからは、気を付けろよ」
緋冴の言葉に萌は小さく頷くと、龍迦にも同様に詫びた。
龍迦と後でゆっくり話しようと約束を交わすと、萌は小走りにその場を去った。
燦の横を通り過ぎる時に小さく「ありがとう」と呟き、燦は笑みでその言葉に応じた。