「・・・」


燦は何となくその場に居ずらい気持ちを抑えながら、龍迦と萌を見守っていた。

正確に言えば、龍迦の表情を見守って居たのだが、萌の甘く潤んだ瞳が龍迦に注がれているのがやけに目に付いたので、結局は相反する2人の表情が燦の視界に入って来たのだ。


「萌姫、さ、もう中にお入りなさい。私は燦と話が有るのです」

「嫌よ、嫌嫌」


優しく諭す様に話す龍迦に萌はすかさず首を振りながらまたも龍迦の腕に縋り付いた。


「折角風宮まで来たのに、龍迦さまったら萌とお話もしてくれない・・・」


舌っ足らずに鼻に掛かる甘い声を必死に出しているのか、燦の耳にはどうにも作られた声にしか聞こえて来ない。


俺なら、絶対無理だ・・・。

燦は心の中で自分自身に頷きながら、しかしその場の龍迦を助ける術も思い付かないまま、ただ立ち尽くしていた。


「ちょっと、あなた。私は龍迦さまとお話したいの。あなたが気を利かせてくれても良いのでは無いの?」


いきなり燦に矛先を向けられ、燦は驚きながらも萌の冷たい視線を受け止める。


「萌姫。そんな我儘はいけませんよ。私が燦と話がしたいのですから・・・」

「嫌よ。だってそうでしょう、龍迦さま。だいたいこの男は下賤な生まれ・・・」


「萌!!!」


萌の心無い言葉を遮るかの様に凛とした声がその場に響き渡った。

龍迦や萌、燦もその声に思わず振り返ると、その場に燦の姉、緋冴が鬼の様な形相で佇んでいた。


「あ、姉う・・・」


燦がわたわたと緋冴に向かって声を出すと、緋冴はつかつかと小気味良いリズムで歩み寄り、燦の前に立った。


瞬間、ピシャ、と肌を切る音が響き、萌は目を見開きながら片頬を抑えていた。


「ひ、緋冴さ・・・」

「緋冴!」


萌は見る見る内に瞳一杯に涙を浮かべ、思わず龍迦は緋冴に制止の声を上げた。


「我が弟を愚弄するなど・・・許さん」

緋冴が苦々しく萌に言葉を投げ付けると、萌はポロポロと涙を零しながら、燦を睨み付けた。


「お前のせいよ」、そう萌の瞳は語っているようだ。ギュッと唇を噛みしめ、涙を流し続けながらも燦に対する瞳の険しさは変わらない。


「姉上、どうか悋気をお納め下さい」


萌の瞳を見ない振りをしながら、燦は緋冴に頭を下げた。


「燦。お前は黙ってろ」

「し、しかし・・・」

「緋冴。もう止めろ」


龍迦が静かに緋冴の肩に手を置く。緋冴の身体は怒りに震えていた。

その震えに龍迦は一瞬手を止め、緋冴の華奢な背中を撫で、優しく叩いた。


「萌姫、少々お言葉が過ぎますよ・・・緋冴が怒るのも無理は無い」

龍迦は緋冴の背に手を置いたまま、厳しい瞳で萌を見詰めた。


「だ、だって・・・」


萌は思わず救いを求めるかの様に龍迦を見上げた。そして意を決したかの様に息を飲み込み、言葉を続けた。


「本当の事では有りませんか!その男は、たかだか一精霊の息子!しかも母が亡くなったからと言って火王さまに庇護を申し出て・・・王族の風上にも置けない男ですわ!そうでしょう、龍迦さま!」


「何を・・・」

緋冴がまたも片手を振り上げ、燦は思わずその手を掴んだ。

萌はまたも打たれると思ったのか、瞳をきつく閉じている。


「燦!何故・・・!」

緋冴の手を掴んだままの燦に、緋冴は怒りを隠さず、言葉を向けた。

その緋冴に燦は小さく微笑みながら首を振った。


「誤解では有りませんか、姉上。どうかお静まり下さい」