咲良は目の前で項垂れ、詫びる蒼迦を見詰める。咲良の肩で青藍が心配そうに呟いた。
『咲良さま・・・』
「平気よ、青藍」
小さく咲良が答えると、青藍は小さく首を振った。
青藍も咲良が蒼迦の婚約者候補で有ると知ってしまった以上、うまく事を運びたいに違いない。
「歌姫、」
蒼迦は一度言葉を切ると、息を飲み込み、言葉を続けた。
「私は・・・」
「蒼迦さま、私、別に気にしてませんわ。だから謝らないで下さい。何度も言われるとくすぐったくて仕方有りませんもの」
咲良が優しく微笑むと、蒼迦もほんの少し笑顔を向けた。
青藍もほっとした表情を咲良に見せる。
「ああ、でも・・・」
咲良は悪戯を思い付いたかの様に顔を上げると、「お願いが有りますの」と首を傾けた。
「何でしょう?」
蒼迦は訝るように咲良を見つめ、優しく微笑みながら頷く。
「・・・・流迦が誰かを好きになったら、許して差し上げて?」
咲良の意外な言葉に蒼迦、流迦、青藍は絶句した。
流迦は瞬時に頬を赤らめ、青藍に至っては翼を拡げたまま静止している。
蒼迦は唖然としながらも、何とか平常心を保とうと必死だ。その姿に咲良は心を込めて言葉を続けた。
「流迦を愛しているのなら。何かを許す事や、応援するのも、認める事もまた愛ですわ」
そして諦める事も。
これ位の意地悪言ったって罰は当たらないわよね。
咲良は心の中で愛しい蒼迦に舌を出すと、涼しい顔で姿勢を正した。
蒼迦が何と言い返そうと、咲良は構わなかった。
大事な幼馴染の流迦には、愛する人と結ばれて欲しい。
まだそれが恋とは解らなくても。
「・・・・・誓おう、歌姫。君に、誓うよ」
以外にも静かに、蒼迦は頷きながら答えた。
そして切なげな表情で蒼迦は咲良の手を取ると、甲に口付けた。
そっと、甲に触れる蒼迦の唇の熱が咲良の手から胸までを突き抜けた。
トクトク、と全身を熱が襲ってくる感覚に、咲良は眩暈がしそうだった。
その唇が離れても、熱を帯びた身体はまだまだ消えそうにも無い。
不意に視界が霞み、咲良は自分が涙ぐんでいる事に気付く。
ああ、どうして、こんな人を好きになってしまったの・・・
流迦の幼馴染として、龍迦や蒼迦と共に無邪気に遊んでいた頃が懐かしい。
いつから憧れから恋に変わってしまったのかしら。
恋に変わった時から、蒼迦の流迦を見つめる瞳が妹に向けるものでは無い事に気付いた。
流迦に対する瞳はずっと私には向けられない。そう理解するまでに時間は掛からなかった。
蒼迦にとって私が妹の様な存在なのだ、と。
そう解っているから。
「歌姫、どうかしたのか?」
瞳が潤んでいるのを知られたくなくて俯く咲良に蒼迦は心配そうに声を掛けてくる。
貴方の、せいよ・・・。
胸を焦がす優しい声音にまたも瞳を潤ませると、小さく首を振った。
「ありがとう、ございます・・・蒼迦さま・・・約束しましたわよ」
俯きながら答えた咲良の声はやはりどこか震えたままだった。
咲良は軽く膝を折って会釈すると、踵を返して部屋を出よう、と考えていた。
今は、ただ泣きたい。
龍迦や燦、萌や緋冴が外に居ることすら忘れ、咲良は早足で蒼迦と流迦から離れた。