咲良がいきなり歌う、と言い出してから、宴の間は忙しなかった。
いつも一緒に踊る花精や歌う緑精達が宴の間の外に集まりだし、今か今かと楽しげに歌姫と舞姫の出番を待っている。
「楽しみだな」
「は・・・」
緋冴が静かに燦の傍らに立ち、燦に微笑みながら話し掛けて来た。
「滅多に無いことだ。咲良姫が一族以外の前で歌う事も、な」
・・・?
訝しげに燦が緋冴を見る。
「お前は不思議な男だよ、つくづく。何というか・・・」
クッと喉を鳴らし、緋冴はさも楽しげに笑った。先程の風王からの貰い物ですこぶる機嫌が良さそうだ。
「・・・あ、あの姉上。お伺いしたいことが有るのです」
姉の機嫌が良いなら好都合だ。
「何だ?」
「あの、壁際の・・・確か萌姫・・・」
「萌か。あれがどうした?」
「あの姫は、流迦とは幼なじみでは無いのですか?」
燦のその言葉に緋冴はしばし考えを逡巡させていたが、ゆっくりと首を振った。
「いや、違うだろう。龍迦や蒼迦に聞いた事も無い」
龍迦や蒼迦、と名前が出た時点で思わず身が竦む。そんな燦の態度に緋冴はまたも笑った。
「少々行き過ぎだがな、奴らは奴らで妹想いなだけだ」
いや、行き過ぎ過ぎますよ・・・そう言いたいのを堪え、燦はただ頷いた。
「ま、お前も悪いんだ。仕方無かろう。で?萌がどうした」
「いえ、先程・・・」
そう言い掛けて、燦は言い留まった。幼なじみで無いなら、面識も無いはずだ。
何故あんな悪意の籠もった瞳で流迦を睨み続けていたのだろう。
そう考えだすと何故か緋冴に話すのを躊躇った。
「何だ?どうした?」
「あ・・・いえ・・・」
燦が言い淀んでいるのに緋冴は溜め息を着くと、
「燦・・・。誰が何と言おうとそしてお前がどう思おうと、お前は私の弟だ。流迦を大事に思う龍迦や蒼迦と同じように私もお前を大事に思っていることを忘れるな。何か有れば遠慮せずに聞けば良い」
思いがけない緋冴の優しい言葉に、燦はツンと鼻の奥が痛んだ。
やべ・・・
緋冴は静かに燦の頭を撫でると、「気にしすぎなんだ」と小さく呟いた。
緋冴は燦が火の宮殿に入った時から余り関心が無いように見えた。何も言わず、何も問わない。だが、無関心では無く、静かに見守っていてくれたのだ、と燦は今更ながら感じていた。
流迦に会ってから、俺は・・・。色んな事が見えてくる。色んな人との出会いが有る。
それもあの時、流迦に会ってからだ。もしまだ会っていなければ・・・。
「姉上・・・ありがとうございます」
「ふむ・・。多少は素直になったな。これも風姫のお陰かな?」
燦の謝辞に緋冴はからかい混じりに答えると、燦の頬を染める姿にまた微笑んだ。
いちいち、ウブな奴だ・・・
流迦に会ってからの燦は表情がくるくる変わるようになった。少し前はただやり場の無い怒りを表面に出していただけだったが・・・。
「良い傾向だ」
「は?」
緋冴の言葉の意味が解らなかった燦は緋冴に聞き返したが、緋冴はただ微笑むばかりで何も答えてはくれなかった。
「緋冴さま、お久しぶりでございます」
燦が緋冴の言葉に困り果てた頃、静かに緋冴に言葉を掛ける声が燦の真横から聞こえ、思わず燦は素っ頓狂な声を出した。
「まぁ・・・驚かせてしまってすみません」
「宵!久しいな。・・・何と、また美しくなったな。見惚れるぞ。ああ、宵。これは弟の燦だ」
「はい。お初にお目もじ致します、燦さま・・・」
ゆっくりと頭を下げるその姿に慌てて燦も頭を下げる。
顔を上げると、その姿に思わず息を飲む。
美人すぎる!・・・サラリとした髪は光の反射なのかキラキラと輝き、端正な顔立ちはうっすらと微笑を浮かべている。瞳の中に何個も星があるのでは無いか、と思わせる吸い込まれそうな大きな瞳。それを縁取る睫毛の一本までもが煌めいている。
「驚いたろう、燦。光一族の一姫、宵だ。宵は宵光姫と言われるのだが・・・おい。見つめすぎだ」
緋冴が思わず窘める程、燦は宵を見つめていた。
宵光姫・・・確かに、彼女は星の瞬きを一身に受けているかのようだった。