綾迦が緩慢な態度で立ち上がる姿に、招かれざる客なのだ、と周囲は感づいていた。

綾迦のすぐ傍らにいる王や息子達は微動だにもしない。


しまった・・・。皇は心の中で焦りを感じ、この場を何とかしなければ、とだけ考えた。

つまらぬ事で綾迦を怒らせてしまった事に後悔を隠せない。この状況で萌が何かつまらん事を言えば、間違いなく綾迦の悋気を買うだろう。そうなれば龍迦との婚姻など夢のまた夢になる。

風霊を焔の息子に授けた事も何か理由が有るに違いないのに、その上辺だけで判断し、綾迦に詰め寄った自分を恥じる。


「宵か・・・。相変わらずの美姫だな。さすがは宵光姫、と言われるだけはある。そちらは萌か?大きくなったな。静かにしていればもう大人と変わらん」


静かにしていれば、の箇所に何かの含みが感じられるが、綾迦は静かに微笑を浮かべ、光の姫を迎え入れた。


「お久しぶりでございます、綾迦さま・・・」

「風王さま、お元気そうで何よりですわ」


静かに口上を述べる宵に対し、溌剌と述べる萌。2人の性格の違いが目に見えるようだ。


「ああ。今少し込み入った話をしていてな。悪いがお前達は宴を楽しんでおいで」

「え、でも・・・」


萌が不満気に父、皇を盗み見る。心の動揺を隠しながら、皇は静かに視線を逸らし、その動向を見ていたのか、宵が静かに微笑み、萌を連れ、下がった。


「えっ、あ、り、龍迦さまぁ」

宵に引きずられる萌に思わず笑い出しそうになるのを堪え、燦と流迦は緋冴と共に綾迦に言われた通り、宴の方へと移った。


宴の方には会った事が無い面々が揃ってはいたが、緋冴や流迦が1人ずつ紹介し、打ち解けさせようと努力してくれたので、燦は有る程度は楽しむ事が出来た。最初の好奇の目は次第に親愛なものに変貌していき、元来皆気さくなのも良く理解出来た。


流迦も知らないものも多かったようで、何とか挨拶を無難に終えている。王子達は皆流迦の可憐な美しさを褒め、瞳をとろけさせながら、流迦の周りから離れようとしない。


ま、仕方無いか・・・と燦が周囲を見回すと先程の光の姫・・・確か萌だったか、が流迦を睨み付けているのが目に入った。が、燦と目が合うとサッと瞳を逸らす。


何だ・・・?燦が思わず青藍に問い掛けようとすると、1人の少女が燦に話し掛けて来た。

「燦さま。どうかなさったの?」


誰だ・・・?


・・・チカチカと先程の人物達を順に思い出し、やっとその姫に思い当たる。

「華の姫・・・咲良さま(だったよな・・・)」


燦の言葉に咲良はにっこりと笑顔を向けると、顔を燦に近付けた。

「憶えて下さったの?光栄です」

「いや・・・まあ・・・」


流迦とはまた違った、だがやはり美しい咲良は花が咲いたかのように微笑み、首を傾げた。

「私と流迦は数少ない幼なじみなんですよ。だから今度の華祭では私が流迦の舞に合わせて歌うんです、華祭にはご出席されますか?」

「はい、多分・・・あの、舞に合わせて歌われるんですか?」

「はい。本来ならば歌に合わせて、なんでしょうけれど・・・流迦の舞はまた違うのです」


咲良は少し悲しげな顔を見せると、流迦は稀代の舞姫なのですわ、と続けた。

「本来ならば、華祭は華の一族が舞うんです。でも今回は流迦が舞ってくれます。きっと花精達も喜びますわ」

その言葉にどことなく寂しさが滲み出ているようで、燦は静かに頷いた。


「あなたの舞も素晴らしいと思います、あ、でもまだ見たこと無いけど・・・俺、あ、俺は駄目か」

焦って言い直そうとする燦に咲良は驚き、そして吹き出した。

「いえ、良いんですのよ。そうですね・・・いつか燦さまに見て頂きたいものですね。でも・・・私、歌も得意なんですよ」

「あ、それは解ります。とても綺麗な声だから」


燦が間髪入れずに咲良に答えると、咲良はまたも目を見開き微笑んだ。

「そんな事言って下さるのは燦さまが初めてですわ」

「いや、あんまり上手く言えないのですが・・」


燦は思わず正直に言ってしまった事に頬を赤くすると、咲良は小さく首を振り、燦に向き直った。

「そんな素直なお言葉本当に嬉しく思いますわ。ありがとうございます、燦さま」

「いや、そんな・・・」


『・・・燦さま』

咲良との話が何とか無事に進められてほっと一息を着いていると、青藍が燦に囁く。

「?」

ふと青藍を見ようよ咲良から視線を外すと、流迦が何とも言えない顔でこちらをチラチラと見ている事に気付いた。


流迦は群がる王子達の話に相槌を打ちながら、相手に解らぬように時々顔をこちらに向けていた。


何だ・・・?今話している王子が嫌なのか?それとも咲良と久しぶりに話したいのか?そうか、幼なじみだもんな。

しかも華祭の件で話しておきたいことも有るのかもしれないし・・・。

小さく青藍にそう告げると、青藍は憐れみを含んだ目で燦をちらりと見ると、何も言わずに流迦の方へ飛び、流迦の肩へと留まった。

多分良い頃合いに咲良と話出来る様にしてくれるだろう。


燦は満足気に微笑んだ。青藍の憐れみの目は気になるが、多少言い方が間違った位だろう。

「燦さまは、やはり火竜でこちらまで?」

「あ、はい。父上が下さった・・・とても綺麗な朱色の。しかし温厚なので、助かっています」

「火竜・・・私、乗った事ございませんわ・・・。そうだ、いつか乗せて下さる?」


咲良の言葉が終わるか終わらないかの所で、カツン、と音が響いた。思わず振り向くと、青藍に言われてこちらに向かって来たのだろう、流迦が手に持っていた神酒の杯を床に落としていた。