流迦は相変わらず楽しげに火竜の首を撫でながらはしゃぎ続けていた。


何がそんなに楽しいのか…燦は半ば呆れた顔で流迦を見ていたが、流迦の楽しげな顔に喜びも感じ始めていた。


最初に会った時より、今の流迦の方が生き生きとしている様にも感じるし、何よりその笑顔は燦の心を強く惹き付けた。


「見て、燦さま。あそこ」
遠く流迦が指差す。

遥か下の崖のまた下に柔らかな光を乱反射させているせせらぎが見える。


流迦は軽く燦を振り仰ぎ、ねだる様に首を傾げた。


「そこに降りたら、もう帰るからな」

燦は溜め息をわざと吐き出し、火竜を光の先へと手繰る。


「はい」


嬉しげに声を弾ませ流迦はまた火竜を撫でる。


火竜が瞳を閉じたり開けたりと忙しいのは流迦の手があまりに心地好いのかもしれない。


静かにせせらぎの傍らに火竜を寄せると、翼を大きく広げ、一声、いなないた。

お前もご苦労様だったな。燦は苦笑いで首を撫で上げた。



せせらぎの前方には小さな滝が静かに流れ落ち、煌めきを放ち続けている。


周囲は鬱蒼とした森林となっており、せせらぎの周りだけ草原が広がり、所々に控えめに花が咲いていた。

「綺麗…」

流迦が感嘆の声を上げると、思わず頷いていた。


まるで聖域の様に空気も何もかもが清廉だ。


「燦さま、ありがとうございます」


「いや、俺も…こんな場所は…流迦のお陰だな…」


思わず、お互い顔を見合せ、笑顔を交わし合う。


「でも、不思議な場所ですね」


流迦が辺りを見回しながらほんの少し、首を傾げた。

「不思議?何がだ?」


「ええ…だってここには緑精も花精も居ない様ですから…」


確かに。こんなに清廉な場所ならば、精霊達の良き住処になるはず…だが、周囲には精霊の姿は無い。


燦は急激に身体の芯が冷えていく様に感じられた。


まさか、とは思うが…
疑念を振り払い、流迦の腕を取る。


「えっ?あ、燦さま?」

驚いた表情で流迦が燦を見る。

「帰るぞ」

燦の表情は先程と違い、硬い。瞳も辺りを探る様に鋭いものへと変化していた。
その表情を見るや、流迦は押し黙り、火竜へと歩きだした。


強く燦に掴まれている腕が熱い。そこからどんどん熱が広がっていく様だ。


触れている場所に心臓があるかの様にドクドクと脈打つ。

流迦は紅潮していく頬を感じ、俯いた。



刹那。



ピュッ…。


空気を切り裂く音が流迦の足元に突き刺さる。


ドスッ。

驚き、足を止めると流迦の足元には白い弓矢が深々と地面に向かい、刺さっていた。