時間が、止まった錯覚に囚われた。


今、流迦が告げた言葉が何度も反芻し、胸を抉る。


「…なのかしら?、ねぇ、お兄さま…」


流迦が何か伝えて居るのだが、耳に入らない。


「蒼迦にいさま…?」


訝る様に首を傾げ、流迦が蒼迦の頬に触れる。その指先に堪らない愛しさが溢れ出る。


「流、迦…」

喉に張り付く様な声を絞り出すと、流迦は小さくはい、と答えた。

その躊躇いなく見つめる瞳を、じっと見つめる。


「…それはね、お前は燦どのに好意を持ったのだと思う」


掠れる声が少し震える。
昨日は母に許しを貰い、幸せに打ち震えた夜だったのに…今日は流迦にどん底に落とされる…か。
自嘲気味に少しだけ笑う。

「え…そ、そうなのかしら…?でも…私は…」

またも朱色に染まる頬を両手で隠しながら流迦がちら、と上目遣いで蒼迦を見た。

「流迦も、少し大人になったのだな」

「…っ…すぐ、子ども扱いなのね」

拗ねた様に唇を尖らすと、

「燦さまは…私の、兄弟なのですから、好意は持ちます」


事実、あの火竜の上での胸の高鳴りは既に跡形も無く消えている。

愛慕が拡がったのも間違いは無い。あの時、兄が来なければ、私は……



解らない。何故なのだろう。


あの後の燦の処罰の行方に狼狽えては居たが、母の采配で燦に処罰が無いと解ると、兄達への気持ちだけが胸を支配していた。愛する兄達にどう思われただろうと、ただそれだけだった。



解らない…何も。



それとも私は誰にでもあんな風に…なってしまうのかしら。ああ、ダメ。それこそはしたない。


考えれば考えるほど、自分が穢らわしく感じられ、流迦は溜め息をついた。


「流迦、また燦どのには会えるよ」


優しい兄の言葉がチクリ、と胸に刺さる。

会いたい、のかしら…。

それも解らない…。

胸の中で拡がる重い霞を愛する兄に打ち明けられる筈も無く、流迦はまた心の中で溜め息をつき、ただ頷いた。


お母さま、なら教えて下さるかしら…
このやるせない、何とも言えない気持ちを…


流迦は蒼迦の胸に頭を寄せた。


*





「綾迦」

宮殿の外の風と戯れていた綾迦に華王が声を掛けた。


「煌か」

掌に風を固まらせ、キラリと瞬かせると、綾迦が煌の佇む方向へ瞳を向けた。



「綾迦、そなたは相変わらずだな。いつまで経っても変わらぬ」


足音も立てず綾迦の傍らに近付くと、流れる様に跪き、綾迦のドレスの裾に口付けを落とした。


「…止めろ、煌」

表情を変えず、綾迦が呟く。

「煌」

再度、綾迦が呟くと、華王はまたも流れる様に立ち上がった。


「綾迦」

華の王のくせに、美しい、と言うよりも男らしさの印象の方が強い。むせかえる様な華の匂いが鼻に付く。

「……華祭が近いな…いや、今年は風華祭になるのだな」

綾迦はそれには応えない。


「酔いは醒めたのか」

「ああ、…他の2人より量を調節しておいた」

鬱陶しいやつめ、と綾迦が誰にともなく呟く。


「綾迦。解っているとは思うが…風の一族は他の王族とは違う…龍迦は長子だが、…今の処は継げるのは蒼迦だろう。そうなれば龍迦と流迦は陰の王族から縁談が矢継ぎ早に送られるだろう」


「…だろうな」



「風の一族に姫が産まれるなど…お前で終わって欲しかったが…」

煌が苦々しげに呟く。

「ま、仕方有るまい」

綾迦は肩を竦めると煌に微笑んだ。

「なかなかどうしてうちの子らは強いぞ」


「お前も…強かった」


煌は綾迦の髪を一房手に取るとまた口付けた。

「今でも、思い出すよ。そして今でも…」


愛している。煌は口には出さず、ただ綾迦を見つめた。


「お前達には、感謝しているぞ。お前達のお陰で…今まで隠し通せた。あの子達が誰を選ぼうと…幸せになればそれで良い」


ありがとう。綾迦は煌に手を差し伸べると、するりと肩を撫で、煌の後方に向かって言った。

煌が振り返ると、皇と焔が佇み、皇は苦々しげに、焔はニヤニヤと笑っている。

「「煌、量の調節が出来ぬくらい呑ませてやろう」」

皇と焔が同時に呟いた。