6年前(18歳の頃)に書いていたメッセージブログの過去の記事です。

感じている事は変わってないから、コピペして載せてみる。


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「お金、お金」と言いますが。。。


たとえば「お札」というモノ。


火をつければ燃えます。

水に濡れればふやけます。

はさみでチョキン、で真っ二つ。





なんてことはない、ただの紙切れです。

その「紙切れ」に価値を与えてるのは人間。

その紙切れに価値がある、と思っているのは人間だけです




もし、あなたがうっかり手を離せば、
風は何のためらいもなくその「大事な紙切れ」を
遥か彼方へとさらっていくでしょうし、
川だって流れていくのが「お札」だろうが「葉っぱ」だろうが
どっちだって知ったこっちゃありません。

もし地面に一万円札が落ちていたとしても、
鳥は見向きもしないだろうし
ゾウなら踏みつぶすかもしれません。
「!!!」とびっくり顔で拾いに行くのは人間のアナタだけです。

紙切れはただの紙切れですよ。
メモ帳やトイレットペーパーや新聞と同じ、ただの紙です。

それを人間が「価値のあるもの」として扱っている、
それだけのことです。


が。


「一万円」と書かれた紙切れを
一億何千万人もの人が「価値あるもの~っ」
として扱っているという、その事実…。


恐ろしいですね。。。



この国にいる、一億を超える人々が
「この紙切れ(硬貨)にはこれだけの価値がある」
という共通認識をもっていなければ、

「お金」というシステムは成り立たないというのに、
それが成り立っている。

一億という数を数字にすると

100000000です。ゼロが8つ。
(このケタの大きさを想像してください)

これだけたくさんの人が
「このお金(お札・硬貨)には価値がある」
という認識を共通してもっているんです。

100000000人が、みんな。

「価値がある」と言ったって、
ただの紙切れに、ですよ。
ただの金属のかたまりに、ですよ。


うーん、すごいですねぇ。


まぁ、だから
「お金がなければ人生終わり」
「お金がなければ生きていけない」

と思ってしまうのも仕方ないといえば、
そうですね、仕方ないかもしれません。

でも実際、ホントのトコロ、
お金ってただの「紙切れ」です。

お金がなくても息はできます。
心臓も動きます。



それに、人間が勝手に値段つけてるだけで、
じゃがいもにもキャベツにも、
「値段」なんかありません。

地球は「金払え」なんて言わないですもの。

酸素吸い放題でしかもタダ!



ホントのホントは
土地だってタダです(地球のものですから)。
水だってタダ。
雨は水を無料で恵んでくれてますしねぇ。

「電気」を生み出すための石油だって、
地球のものです。ホントはタダ。





あれぇ、じゃ、お金って何?


さぁ…?



たまに、
「人間ってヘンなことやってるなぁ」
と心の中でつぶやく私…。

人間の生活って、やってること
「人生ゲーム」とたいして変わらないよねぇ…。

お札で物のやりとりしてると
「わぁ…人生ゲームだぁ」
と感嘆の声をあげたくなる時があります。





あぁ、「お金」って人生ゲームですね。


楽しんでそのゲームで遊んでるうちはいいですが

深刻になると何が人生だかわからなくなります。


お金はただの紙切れなんだってことを、
くれぐれもみなさん、
忘れずに…




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「わぁ…人生ゲームだぁ」ってとこが、一番感情こもってます(笑)

「人間ってヘンなことやってるなぁ」と思います、ほんとに。



自分の作ったゲームに、

自分で振り回されてるだけじゃーん。



「お金」についての違和感も、書きたいことはいっぱいあります。

これはほんの表面の一部分。

また後日~