私の病気は、おそらくまだ治りません。
普通に生活できることの凄さや、借金抱えながらの演劇活動。
私は、「人を大切にできる人のそばにいたい。」
それを選択した。
でも、「さようなら」というのを受け入れるのがつらくて。
「演劇で食べていけるような才能ないし。
だからって、遊びや趣味でやりたいような本気じゃないから。
ならばいっそ。」
そういって、自分を誤魔化した。
ただ、「優しくできなくなった自分を、認めたくなかった。」
ただ、「優越感に浸っていたかったエゴイストだった。」
自分がエゴイストだと気が付いた時には、
もう周りに優しくできなくなっていた。
自分のことしか考えなくなっていた。
なんて小さな心だったんだろうか。
泣いて、泣いて、泣いて。
仕事を首になって。
泣いて、泣いて、泣いて。
自分で首を吊って。
泣いて、泣いて、泣いて。
それでもまだ、私は生きている。
自分で自分が憎たらしいくらい、生きている。
どうでもいい男たちは、
本当は自分よりも不幸だから一緒にいただけだった。
どうでもいい男たちが全員、一度に結婚した。
自分よりも幸せになっていった。
なんて。
小さな自分。
生きていることが、つらかった。
私は、優越感に浸るために、どうでもいい男たちを周りに置いていたのか。
なんて、バカだったんだろう。
自分がバカすぎて、バカすぎて、涙が出る。
私は、この歌の「くたばる喜びとっておけ」に、救われました。
私の周りが、「死なないで!」と止める。
何人も何人も止める。
でも、「くたばる時の喜び」をとっておく。
そんなこと。考えもしなかった。
私の祖母が、数年前に亡くなった。
本家の祖母。
本家の仏壇の前で、お布団から棺桶に入る祖母。
隣近所から、80有余年、友達だった人たちがやってくる。
80歳以上過ぎた祖母は、「はなちゃん」(仮名)と呼ばれていた祖母。
「はなちゃ。」「はなちゃ。」「ええ顔してござっせる。」「はなちゃ。」
何人ものおばあちゃんたちが、祖母に声を掛けてくださっていた。
出棺のとき。
私と姉は、道路を見て息を呑んだ。
本家の道路脇には、人の並木道が出来ていた。
まるで、映画のワンシーンのようだった。
車が通過する道路以外の細い歩行者道路には、
数十メートルにわたり、祖母の出棺を見守る人々が集まっていた。
葬儀を、「つきあいがあったから一応行く。」
のではなく、出棺まで見守らせてくれと。
自主的に近所の人たちが、
まるで道路に咲く桜並木のように並んでいた。
私は、涙がでていることに、しばらく気が付かなかった。
「おばあちゃん。これが、”くたばる喜び”」なんだね。
死して尚、私に強く強く、命のことを教えてくれた祖母。
・・・・・私の兄の命日がもうすぐです。
二か月に一度くらいしか、墓参りに行ってないから。
気合入れていきまっしょい。