なんか、前向きになれる。

フット岩尾さんが歌ってて、すごく和むんですよ・・・

うちののんちゃんで、育児疲れしてる私ですが。

こののんちゃんは癒されるよ~・・・


ぽてぽてぽて。



「スイちゃん座ってよ~」
が大人の会話に聞こえるのは私だけかしら。


$元気100倍!赤尾マン

のんちゃんと、夕方のお散歩。

私が小さいころ通った山や森を見せたくて。
ついつい、1時間ものらりくらりとお散歩してしまいました。

まだ赤ちゃんだって忘れてました・・・。

途中で、のんちゃんは「クーンクーン」ってゆって、
抱っこを要求してきましたww

仕方ないので、300メートルくらいは抱っこで移動しましたが。

$元気100倍!赤尾マン

ひめさま、ご満悦でしたのでまた歩きましたがw


もう10年近く会っていない森のてっぺんに住むおじさんや、よく遊んでくれたそこの娘さん。
その娘さんの双子ちゃんにも会えましたw

最初、玄関の扉をあけたら私だとわからない様子。

犬を連れた、ドぴんくのジャージ着た金髪の痛い女が立っている。

脱帽して、「こんにちは。”りーちゃん”ですw」と、昔の呼び名で自己紹介www


昔は、お弁当を持参して毎日のように森の頂上のこの家に遊びに来たんだ。

カエルのタマゴを毎年持ち上げて、にゅるにゅるしてて面白くて。

キイチゴは黒毛虫が出てくる前に食べに行ったり。

夏には「お月様池」で、うちのオトンの車のハザードたいて蛍を捕った。


ああ。

なんて素敵な時代だったんだろう。


のんちゃん。

あなたが生まれる、もう20年以上前の話だよ。


毎年、田んぼ一杯に咲くレンゲ畑は、新築の家が建っていて。

知らない人たちがたくさん家を建てていた。


少しさみしくて。

夕暮れが余計に背中を押して。

森の上のおじさんたちに会いに行きたくなったんだ。


土地神様の神社にも、久しぶりにご挨拶に行った。

そういや、ト ト ロにもこんなシーンあったよね。

昔は、神様を信じたり、自然の移り変わりを肌で感じたり。



そんな幸せがあったから、今の私があるんだと思う。

私の中のどこかで、この自然を捨てれない気持ちがあるのだろう。

離れたくないなぁ。


だって、広いと思って飛び出してみた私の知らなかった世界は、
案外狭い世界ばかりだったから。


結局、自分が生まれたふる里にかなう場所なんてない。


我が家では、私が発作的に本気で全力で歌う時があります。

なぜするかって。

気まぐれんなときもあるけど、血圧をあげるため。

という時があります。

それはもう、無意識にというか。

本気で歌うと、血圧ってものすごい上がるんですよね。

低血圧すぎて、よく健康診断も引っかかる私。

血圧は、すべての事に通じているのだ。

今日も気合だ。血圧あげるぞ。

目指せ「上が」70超え!
メガネかけてればいいっていうもんじゃないの。
メガネかけてて、本当に目が悪いっていう。

むき出しで人間くさいなぁ~っていうところがくすぐられるんだ!!

無条件でメガネの人は、自分の弱点である「目が悪いです」を晒している。
これにドキドキしないわけがない!


・・・なんだこの力説。

元劇団友達Mちゃんと、沖縄料理を食べに行ったとき。

好きな男性の第一条件を聞かれて。

速攻で切り替えして「メガネの人!!」

名古屋の歓楽街のど真ん中で、友人Mがorzの恰好になっていました。

・・・なぜだ?








カッコイイ女の子がだいすきだーーーー!!

アイドルってかわいいだけじゃなくて、
かっこいいオンナノコ要素も大事!!

なぜなら、同性はそういう女子に強くあこがれるものだから。



私の病気は、おそらくまだ治りません。

普通に生活できることの凄さや、借金抱えながらの演劇活動。

私は、「人を大切にできる人のそばにいたい。」

それを選択した。

でも、「さようなら」というのを受け入れるのがつらくて。

「演劇で食べていけるような才能ないし。
 だからって、遊びや趣味でやりたいような本気じゃないから。
 ならばいっそ。」

そういって、自分を誤魔化した。

ただ、「優しくできなくなった自分を、認めたくなかった。」
ただ、「優越感に浸っていたかったエゴイストだった。」

自分がエゴイストだと気が付いた時には、
もう周りに優しくできなくなっていた。

自分のことしか考えなくなっていた。

なんて小さな心だったんだろうか。



泣いて、泣いて、泣いて。

仕事を首になって。

泣いて、泣いて、泣いて。

自分で首を吊って。

泣いて、泣いて、泣いて。



それでもまだ、私は生きている。

自分で自分が憎たらしいくらい、生きている。


どうでもいい男たちは、
本当は自分よりも不幸だから一緒にいただけだった。

どうでもいい男たちが全員、一度に結婚した。


自分よりも幸せになっていった。


なんて。

小さな自分。



生きていることが、つらかった。


私は、優越感に浸るために、どうでもいい男たちを周りに置いていたのか。

なんて、バカだったんだろう。


自分がバカすぎて、バカすぎて、涙が出る。



私は、この歌の「くたばる喜びとっておけ」に、救われました。


私の周りが、「死なないで!」と止める。
何人も何人も止める。

でも、「くたばる時の喜び」をとっておく。


そんなこと。考えもしなかった。



私の祖母が、数年前に亡くなった。

本家の祖母。


本家の仏壇の前で、お布団から棺桶に入る祖母。


隣近所から、80有余年、友達だった人たちがやってくる。

80歳以上過ぎた祖母は、「はなちゃん」(仮名)と呼ばれていた祖母。

「はなちゃ。」「はなちゃ。」「ええ顔してござっせる。」「はなちゃ。」

何人ものおばあちゃんたちが、祖母に声を掛けてくださっていた。


出棺のとき。


私と姉は、道路を見て息を呑んだ。


本家の道路脇には、人の並木道が出来ていた。

まるで、映画のワンシーンのようだった。

車が通過する道路以外の細い歩行者道路には、
数十メートルにわたり、祖母の出棺を見守る人々が集まっていた。


葬儀を、「つきあいがあったから一応行く。」
のではなく、出棺まで見守らせてくれと。

自主的に近所の人たちが、
まるで道路に咲く桜並木のように並んでいた。


私は、涙がでていることに、しばらく気が付かなかった。


「おばあちゃん。これが、”くたばる喜び”」なんだね。


死して尚、私に強く強く、命のことを教えてくれた祖母。


・・・・・私の兄の命日がもうすぐです。

二か月に一度くらいしか、墓参りに行ってないから。

気合入れていきまっしょい。

「花として」というよりは。
「人として」と聞こえる。

泣きなさい。笑いなさい。

いつの日か いつの日か
花を咲かそうよ。。。。

最近、無意識に家で歌っています。

まぁ・・・。

うまくはないけど、「心が歌う」ことが出来る歌です。