なかなかブログを更新する暇がなく、そして意欲も沸かず・・・
だいぶ時間が経過してしまいましたが、ゴールデンウィークも始まったばかりの日に蒜山高原から餘部をドライブして来ました。
ここでは鉄分のみのことを・・・てへぺろ
蒜山から餘部までひたすら車を走らせまして途中、浜坂駅に立ち寄ります。
ここへ初めて来たのは小学2年生のときくらいかと。
母と弟、今は亡き祖母、父と湯村温泉に来たのを覚えています。
特急はまかぜで城崎に行きマリンワールドに立ち寄り、城崎から浜坂までは特急まつかぜでした。
さすがにまつかぜが山陰本線経由で九州まで運転されていた時代ではありませんでしたが、キハ181全盛の頃だったのを記憶しています。
一泊して帰りは急行だいせん。途中レッドトレインこと50系客車や12系客車の白帯を消した客車と何度も交換したりしたのも鮮明に覚えています。
あの頃にデジカメやブログがあれば、事細かに書いていただろうなぁ・・・ニヤリ
その浜坂駅。
その頃は温泉へ行く客で賑わっていましたが、今はガラーンとしています。
横の待合室には売店などもあったように記憶していますが、今は椅子が並ぶだけの殺風景なものとなっていました。
列車が出て行ったばかりと言うこともあり、ホーム自体もガラーンとしており寂しいばかりであります。

浜坂をあとにし、餘部へ。
余部鉄橋が新しいコンクリート橋になってから訪問するのは初めてキラキラ
ゴールデンウィークともあり混雑していたらと思っていましたが杞憂に終わり、ゆっくりと見学出来そうですウインク

と言うか、大混雑とか思っているのは私だけでしょうかアセアセ
地表には昔の橋梁が下ろされ飾られています。
骨組みなども残されています。
昔の鉄橋の一部分は“余部クリスタルタワー”と銘され展望施設として再利用されています。
昔、友人と訪れたときは、橋の延長部分にある山の上の駅まで取り付け道を延々と登って行きましたが、今はクリスタルタワーのエレベーターで駅までも行くことが出来ますびっくり

登ってみたら・・・あまり実感が沸きませんが、ここが鉄橋だった部分であります。
2本の線は、ズバリ線路を表しています。
反対側を見ると、鉄橋であったことがわかるかと!!

展望施設からは餘部駅が直結しています。
ホームから余部橋梁側を。
よく見ると、制限解除標識の下に制限25kmの標識と『瑞風』の文字がアセアセ
瑞風のみ25kmで余部鉄橋を渡るのでしょうね。
そうこうしていたら浜坂行きキハ47がやって来ました。
暫く停車したあと、浜坂に向けて出発して行きました。
こちら撮影スポット。
もとの線路があった場所を利用しているようです。はっきりした記憶はないのですが、きっとホームの位置は変わらないのですが、線路がこちらだったのでしょうね・・・
ここからは日本海を見ることが出来ます。

道の駅では昔の余部鉄橋の模型が。
走っているのはキハ181でしょうか。

帰り道、道の駅“但馬のまほろば”で晩御飯を。
目に留まった『但馬牛ユッケ丼』
絶品でしたよラブ

と、忘れられてはならないとばかりに、かなり時間が経過してしまった、ゴールデンウィークのことでありました。