一昨日白線急行に乗り、帰ってから倉庫に眠っていた方向幕などをゴソゴソ・・・

本当は種別表示が潰れている代わりに、過去の佐野急の写真をと思っていたのですが、もともと泉佐野に住んでいたためか、佐野急の写真が・・・ガーン

と言うことで方向幕のお出ましとなりましたアセアセ


今回はその際に見つけた写真を。


これは淡路号最終日の最終電車です。
多奈川駅に到着し、折り返し[-急行淡路号-なんば]行きとなります。

友人2人とクラブを休んで乗りに行きました。

本当であれば、なんばから乗りたかったところですが、平日だったこともあり、泉佐野16:47発に乗った記憶が・・・

学校から帰って本当にギリギリであったため、[-急行淡路号-多奈川]の方向幕を撮影したかったのですが、撮れず仕舞いえーん

多奈川駅に到着した際にはなんば行きに変わっていました。


さようならのヘッドマークを付けています。

が南海が付けたものではなく、南海ファンだけでなく、南海電鉄社員でも有名な南海太郎氏こと平芳資也氏持ち込みのヘッドマークだったはず。

正調『淡路号』の裏が、さようならマークになっていましたカナヘイびっくり


ファンの熱狂度も今ほどではなく、写真の通り、多奈川駅ではまったーりとした時間が流れていました。
確か多奈川駅で降り立ったのは30人いたか、いなかったくらいかと・・・

1両目もそんなに混乱することもなかった記憶が・・・


淡路号の最終電車は、何のイベントもなく、特に大々的な告知もなく終わった訳ですが、きっと今の南海電鉄であれば、さようなら乗車とかやったりしてたでしょうねウインク

この時代の南海は他の電鉄に比べたら、そのような色気??みたいなものが少なかったように思います。



こちらは泉佐野での反転フラップの表示です。
なんば行きは、特に何かある訳ではないのですが、きっちり『淡路号』が表示されています。
でも、放送は『なんば行き急行』でした。


最後に[-急行-和歌山市]行きです。

この方向幕は、泉佐野行きや羽倉崎行き急行が和歌山市まで延長運転された際に掲出されるものです。

春木競輪開催で和歌山市行き急行も春木駅に臨時停車することが多々ありましたが、その急行は通常通り[急行 和歌山市]の表示でした。