こんにちは!前です。
●「やさしさ」についての自己分析・・・私はやさしくなかった
さて、
「人にやさしい」ってどんなことでしょう?
言い換えると、人に対してどういうスタンス(接し方)が「やさしい」のでしょうか。
状況によって、相手によって「やさしさ」にも色々あるのは言うまでもありませんが、
その中で共通解となる定義(やさしいとは〇〇であること・・みたいな)は無いか、考えました。
私はもともとやさしくないですから、、、
子どもや、目標をもって頑張っている人にはサポートマインドが強く、私は人一倍やさしいと言えるかもしれません。
ですから、過去やってきた
・会社をよくする経営コンサルタントという仕事や、
・ベトナム人教育や、
・いまの子どもを教育する仕事
には心からやりがいを感じてきました。
↑私の体育会系的というかある意味、優しくない指導がはまって劇的に成長した会社や人もありました。でもそうならなかったことも確かにあったのです。
頑張ろうとしている人を支援、指導し、成長をサポートすることは全く苦になりません。
1日20時間働いても平気です。むしろ楽しい。・・・そんなの今の時代、コンプライアンス的にアウトですけど。(笑)
しかし!
ある種の人たち
・利己的だったり、
・後ろ向きで「どうせ・・・」とか「ムリ・・・」とか言って頑張ろうとしない人だったり、
・他責で、不平不満が先に立つ人だったり、
・弱き者に迷惑をかけたり心理的圧迫をかける人
(↑これらは私が一方的に思っていて、実際はどこにでもいる普通の人であることが大半だったかもしれせん)
と接した時に、
私は「いや、それは違う」と、攻撃的に直球で否定しにかかるところが昔からあります。
・・・平たく言うと、【自分なりの正義感】が強すぎるのです。
私にとっての正義/価値観と、その人にとっての正義/価値観は異なるという当たり前のことを受け入れ難いのです。
↑なんともガンコそうな顔・・・。苦笑
この性質(タチ)のせいで、
私の人生には常に、ファンもいる一方で、強烈なアンチもいました。
そんな私に10年くらい前に
「前さんは、人と自分は価値観や考え方が違うということをもっと自覚するべきだ」と
苦言を呈してくれた人がいたのですが、
「これでいい」
「前向きに頑張りたい人を支援できればいい」
「アンチがいたってかまわない」
「合う人もいれば合わない人もいるのが人生だ」
と思い、開き直っていたのですが、この心理に変化が起きました。
3月末から今の仕事で校舎を任されるようになり、
色んな生徒、保護者がいる中で、
「このままではいけない」
「すべての人(生徒、保護者)を心地よくし、よい関係性を築きファンにできる人になりたい/ならねばならない」
という思いが強くなってきました。
そのためには、これまでの自分流の人へのスタンスではダメで、
何か自分を変え、人としてバージョンアップすることが必要だと思ったのです。
具体的には、
もっとすべての人にやさしい人であろう
と思ったからです。
そしてその第一歩として、
言語化した「やさしさの定義」(やさしいとは〇〇であることだ)を常に意識することが
自分の変化、成長のために必要だと考えたのです。
そんな経緯でこのテーマに向き合うこととなりました。
59歳の春です。(遅すぎますよね)
●人に「やさしい」とはどういうことか
相手の年齢(精神年齢)にもよるし、相手の求めるものや精神状態、おかれた状況によっても、
また、相手の価値観、こちらの価値観によっても「やさしさ」の正解は変わってくるし、一つには絞れない。
そして、その打つ手、出すカードを間違えてしまったら、
一見すると「やさしさ」のように見えても、
それは相手をダメにする「甘さ」になってしまったり、
逆に「冷たさ」にもなってしまう。
・・・結論が出ずに、紋々としました。
「これはスパっと答えが出るような軽いテーマではない」ということに気付きました。
(前編・後編と引っ張っておいて申し訳ありません💦)
こんなことを考えました。
①相手が望むことを、自分の時間や労力を気にせずしてあげること
これがまず頭に浮かびました。
小さい子どもが「だっこして~」と求めてきたときに、
「今忙しいからがまんしなさい。後でね」という親と
「おーよしよし。こっちおいで」という親・・・。
「抱きグセがつくから子どもが求めるままに抱いてはいけない」という意見を耳にしたことがあります。
だっこに限らず、子どもが求めるものを何でも与えていては、わがままでがまんのできない子どもに育ってしまうというのは確かに一理ある。
何でも自分が望む通りになるように育てられてしまったお子さんは、塾講師としてはなかなか手が焼けます。学校の先生にとっても同じでしょう。
小学生、中学生の頃の私はそんな感じでした。
・・・でも一方で、私は親として大人としての基本姿勢としては、後者(おーよしよし。子どもの望みは基本的に受け止める)でよいと思っています。
子どもは要求することで、自分が愛されていることを確かめ、安心するのだという説に賛成です。
そうやって愛情を受けていることを実感して育った子は、大人になって同じように自分の子どもに愛情を注ぐことができるのではないでしょうか。
「甘いもの食べると虫歯になるからダメ」とか
「人が戦ったり死んだりするアニメは見ちゃダメ」とか
「〇〇は危ないからダメ」と
何でも大人の正論で子どもを押さえつけるのは、
押さえつけられ、素直に自分の気持ちを表せない子どもにしてしまうと思う。
「よし。おやつ買いにいこう!食べたら歯磨きしようね」
「この主人公が戦っていたのは妹や人々のためだね。すごいよね」
「危ないけど、こういうことに気を付けてやってみよう」
とフォローすれば、子どもはやりたいことにチャレンジし、仮に失敗しても、そこから学ぶことができる。
子どもの要求が、こちらのある一線を越えた時に、
「それはダメだよ。がまんしようね。だって~~だから」
というカードをきちんと切ってあげることが躾(しつけ)になります。
その一線の見極めは家庭によるし、親によるでしょう。
大事なのは、その一線をブラさないことでしょうか。
↓↓↓
【やさしさの結論①】
「与える」ことに関しては、まず相手の要求に耳を傾け、
可能な限り「与える」姿勢でいながら、
「ここまで」という一線を持ち、それをブラさないことがやさしさではないか。
・・・次に考えたのは、理解と共感。
②相手の話に耳を傾けてやり、その気持ちを理解してあげること
子どもに対してとか、友人に対して、これはイメージしやすいと思います。
学校であった出来事や、イヤだったことを話す子ども。
それに対して親身に耳を傾けてやり、「それはつらかったね」とか「えらかったね」と共感してあげること。
これはできる。
日々子供たちに接する中で、相手に向き合い、否定しないでよく見てあげ、相手が抱いている気持ちを理解・共感しようとすること。
数年前に比べて、この部分は自分の中ですごく変化したことを感じます。
それというのも、この数年、自分にとって本当につらい時期があったからこそだと思います。
人は自分が経験したこと以上のことは理解できないものです。
↓↓↓
【やさしさの結論②】
相手の気持ち、感情に対する理解と共感。
ここまではまぁ、当たり前の話です。
やさしくない私としても、そんなに高いハードルとは感じない。
問題はここからです。
③ 対・大人
大人の、
・一見すると共感できない主張(私とは違う意見)・・・・
・自慢話とか、
・人の悪口とか、
・できない理由を自分以外に見出そうとする他責な発言とか、
・短期的で利己的な見方や態度など・・・
これらに対して、耳を傾けてやり、共感を示してあげられるか。
人間は基本的に自己防衛本能⇒自己を正当化する生き物で、それが当たり前ですから、
世の中で人と関わって生きていると、どうしてもそういう人/現場に直面します。
そりゃあ違うだろう!
と思うことが必ずあります。
その時に、私は「否定」という直球を投げ続けてきた。
これを変えよう。
「え?違うでしょ!」と思ったときに、
その相手をよく見て、その気持ちや考えを理解しようと、受け入れること。
これは私にとって、かなり高いハードルだ。
・・・でもこれを常に意識することで、そういう人への当たりは確実に和らげることができるはずだ。
そういう結論に至りました。
やさしさとは、
相手をよく見て、
自分と異なっていても
その人の考えや感情を受け入れ、肯定すること。
早速昨日(5月7日)、ゴールデンウィーク明けの校舎で、
授業中だるそうにしている生徒に、これを意識して接することができました。
以前の私なら
「やる気ないなら、ほかの人の迷惑だから帰っていいぞ」
とか言って、その子の感情を否定し、教室の空気を凍らせていたであろう場面で、
「そうか・・・休み明けだし、なかなか調子でないよね。
ゆっくりでいいからちょっとずつ考えてみようか。
あ、もう一回説明しようか。いい?見ていてね」
という言葉をかけることに成功しました。
結果、昨日の授業後アンケートでその子は
「今日の数学、〇〇の説明が面白かったです」
と書いてくれました!!!!感涙
以前のバージョンの私では引き出せなかった言葉です。
↓
↑「やる気ないなら帰っていいぞ」なんて言われていたらこんな言葉は出てこなかったでしょう。![]()
不思議なもので、昨日の夕方、
以前保護者面談で、人生のもろもろを相談され、否定のスタンスでアドバイスしてしまい、強い反発を受けたお母様から、
「うちの子がそちらの塾に戻りたいと言っている。もう一度話を聞けないですか」
と電話がかかってきて、早速面談することになりました。
何と絶妙なタイミングでしょう。
今度は以前とは180度異なるスタンスでお話を聞くことができそうです。
さあ、やさしく、笑顔の面談にしよう。
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いつの日か、私の子供たちがこのページにたどり着いて読んでくれることを願って。
人にやさしくあろうね。




































