2010年、いまから14年も前に書いた記事を転用します。
自営業としてフリーライターみたいなことをやり四苦八苦していた頃の話です。
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今年(2010年)の夏の終わり、まだ暑かったころ、
あるテニスの練習会に顔を出したときのことです。
1人の旧友が会社の後輩を連れてきていました。
その後輩さんは、立教大学の体育会テニス部の元キャプテンで、
学生時代は、その名を知られた有名人でもありました。
「どんな仕事やってるの?」 といった会話の流れで、
彼 「私は講○社で、少年マ○ジンの副編集長をやっています。 前さんは…?」
↑『○イビーステップ』というテニスのマンガや、『○リアの騎士』というサッカーものの担当をしているそうです。
前 「そうですか…。私は、独立してライターやってるんですよ。経営者の自伝をインタビューして執筆代行とかやっています」
といったことを話していたところ、
彼 「ちょうど、執筆代行をお願いしたい仕事があって、ライターさんを探していたんです!前さんやっていただけませんか?」
という話が飛び出た。
聞くと、『日本マンガ辞典』といった感じのタイトルの共同執筆の本で、
彼が担当している「日本におけるマンガ編集の特徴」というパートの執筆の話だという。
私は普段からマンガは相当読むし、興味もあって即答でお受けさせていただいた。
---それから約半月後。
○談社社(すっごいでっかいビル!)に行って、彼をインタビューすることになった。
●日本のマンガ編集の特徴
なんでも、日本のマンガ編集には、決まったスタイルというものは存在しないらしい。
世の中に出ている漫画家の数だけやり方が異なる。同じマンガ家でも、違う作品であれば、やり方も異なるという。
これに対して、欧米では、企画、原作、作図、着色・・・などかなり分業化が進んでいて、大組織で工場製品のように作り上げる傾向が強く、その意味では画一に近いプロセスの中で、マンガは「生産」されるそうだ。
一見、日本のマンガの作り方は、欧米と比べると、<非効率>なものと言えるかもしれない。
でもなんでそうなっているかと言うと、
マンガ家の個性、感性を最大限に生かすために、マンガ家が臨むプロセスを出版社側が実現、提供しようとしているからなのだそうだ。
個人の個性と感性の尊重……。
この極めて日本人らしい、価値観の置き方によって、
一つひとつがオンリーワン、一品一様のマンガが、マンガ家、スタッフ、編集たちのチームによって
それこそ手作りで作り上げられているのが、日本のマンガなのだそうだ。
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彼と話しているうちに壮大な話になった。
●フォードとトヨタの生産現場
彼 「アメリカのフォードでは、一個のネジを締める人は
その工場に勤めている限り、一生そのネジを締め続けるだけで、
それ以外の仕事は一切しないし、極端な場合では、
自分が従事してるラインがどんな車を作っているのかさえ知らないらしいです。
でもトヨタでは、ある月にあるネジを締める仕事をしたら、
次の月は、ドアの取り付けへ…といった具合に、
ラインの中の色んな部署を回るそうなんです。
そうするとどうなるか・・・
このデザインをもっとこうした方がいいとか、
この作り方はこうした方がいいとか、<知恵>が出てくるんだそうです。
そしてトヨタの幹部は、その知恵を極力取り入れるようにし続けたというのです。
結果、トヨタとフォードの地位は逆転してしまったのですね」
私「その話で思い出したことがあります。
私は以前ある上場機械メーカーに勤務していたのですが、
そこである時、『シックスシグマ』という、アメリカのモトローラーとかGEで
採用されていたコンサルティング手法を取り入れたのです。
その企業改善手法における最大のポイントは、
個人のモチベーションや意見などは基本的に無視、人は一つの歯車として、
いかにして生産効率を上げ、欠陥率を低減させるかということだったんです。
結果、どうなったかというと、職場ではコミュニケーションが減り、
モチベーションを低下させたり、ひどい時はうつ病になってしまう社員が
一向に減らず、会社の業績も下げ止まらず、毎年数百億の赤字を垂れ流し、
いまでは都内にあった本社土地を売却し、千葉の山奥に移転してしまいました。
その後私はその会社から、
中小企業を対象としたコンサルタント会社に転職したのですが、
そこでは、徹底した個人のモチベーションとか目標管理を重視した
企業改善手法を取って、大きな成果を上げていました。
個人の力が全体のパフォーマンスに与える影響の大きさは、
中小企業に限ったことではなく、大企業でも同じだと思いますね。」
彼・私
「その意味では、日米のマンガの隆盛を見ても、
個人の力を大切にすることがいかに重要だったか
ということにつながると言えるでしょうね!」
…と非常に盛り上がりました。
インタビュー後、
「いやあ、前さんと話しているうちに、ぼくの考えもまとまって思わぬ気付きがありましたよ。いい原稿ができそうですね。前さんお願いしてよかったです」
と言っていただけました。
まだ文章ができていないので少し気が早いですが、編集者として無上の喜びです。
●個人の感性が、付加価値の高いものをつくる
先日ノーベル賞を受賞された北海道大学の教授もおしゃっていましたが、
「これからの日本が生き残っていくためには、理工系をよりバックアップして、付加価値の高いものを世の中に出していけるようにすることだ」
と。
確かに、世界に名だたる日本の製品の多くは、
個人のアイデア、感性が生かされ具現化されたものが
多いのではないでしょうか。
以前取材させていただいた、
東京江東区の岡野工業の岡野代表社員が発明した「痛くない注射針」なども、
まさにその通りだなと思い浮かべました。
大企業文化・体質から脱せない面々や、したり顔の経営コンサルタントは、
やれビジネスモデルだの、やれマクロ経済だの、システムやしくみといった
無味乾燥の領域のお話をありがたがるものでしょう。
しかし本当に世の中を動かすのは・・・
どんなシステムであってもそれを運用し、ものを作り出すのは・・・
『人だ!!』ということですね。
もっともそんなことは
2000年以上も前から、中国古典でしっかりとうたわれているのですね。
そこに戻ってきただけの話ではないでしょうか。
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●『個』の尊重の誤解
「個の尊重」について書いてきましたが、
ここで、誤解してはならない大事なポイントがある。
「個の尊重」とは、「個」の自分勝手がまかり通ることでは断じてありません。
マンガ編集の世界では、
「素晴らしい作品を世に出す」ために、
マンガ家や、スタッフ、編集者が一体のチームとなって、
時に「個を押し殺す」ことさえもいとわないそうです。
目的の共有と、達成に向けての一致団結がそこにはある。
極端な話、その過程では、時には自己犠牲だってあるのでしょう。
これは何もマンガの世界に限った話ではなく、
社会とは、そういうものなのです。
リーダーとなる『個』(マンガの世界ではマンガ家)の
理念や感性を尊重し、具現化するという共有目的のために
チームが一つになり、熱く動く。。。
それぞれの立場で、それぞれできることを最大限まっとうする…。
そして全員で達成の喜びをわかちあう。
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2024年に戻ってきました。
確かにいまの職場でも、リーダーの個を尊重し、それを実現するために、スタッフは時に「個」を殺しつつも全力でサポートする。
会社というのはそんなものかもしれませんね。
前 真治郎