2025年を表す漢字
みなさんこんにちは!
2025年の漢字は「熊」だそうですが、
私がこの1年を振り返り、漢字1文字で表すとしたら、
「変」
を選びます。
タイトルの通り、「変わる」という意味です。
人間は変わりたがらない生き物ですが、
でもそれはあくまでなかなか変わろうとしないというだけで、
目的があり、その達成に向けた道筋に納得すれば変化することができる。
日々の生き方、場面場面でのちょっとした選択を変えることができ、
その積み重ねによって、結果、パフォーマンスに劇的な変化をもたらすことができる。
生徒たちに起きた変化
3月末にベトナムから帰国。
4月末からとある進学塾で勤務するようになり、
校舎ではたくさんの変化を起こすことができました。
いくつか例を挙げましょう。。。
(1)心が折れてしまった受験生
外部模試で惨憺たる成績だった時、
あるいは
友達に遊びに誘われたりした時、
あるいは
部活や運動の習い事などで身体に疲労がたまっている時、、、、などなど
大人だって何かを「もう無理」と思うことがあります。
まして相手は10年前後しか生きていない子供たち。
いくら私が折に触れて人間学の薫陶をしていたとしても、
心が折れそうになることがあるのは避けられない。
当たり前のことなんです。
小6受験クラスで、昨年そういったことが2回(2人)ありました。
そんな状態にさせてしまったのは、一重に私の普段の教えが足りなかったからに他ならず、深く反省すべき点なのは承知していますが、
ただそんな時、大人が
「勉強の時間よ。さっさと塾に行きなさい」
「やると決めたんだからやりなさい」
「お父さん、お母さんの期待に応えるためにがんばりなさい」
なんて大人目線のあるべき論をぶつけたところで、
目の前が真っ暗になってしまった子供の心に光が差す訳がないのです。
その子が塾にやって来ず、保護者の方から「模試がひどい点で、本人が『どうせ合格しない、もう行きたくない』と言ってまして・・・」と電話がかかってきた時、
あるいは
もう一人の生徒が母親と塾に来て、目を真っ赤にして「もう塾を辞めたいです!友達と遊びたいです!」と言ってきた時、
私がとった対応・声かけは、今となっては私にとって当たり前のことでしたが、おそらく塾業界の常識とは異なるものでした。
咄嗟、瞬時にそのような対応が取れる塾講師はそう多くないと確信します。(私の前職の上司を除いて)
結果、2人はすぐに塾に戻ってきた。
いまでは2人とも、目に強い意志の青い炎を静かに燃やしながら、真摯に冬期講習に向き合ってくれています。

日々のちょっとした選択時に甘い方ではなく、厳しいが自分のためになる選択をする大切さ、そして頑張っている人のつらさを知った彼らはたとえどこの中学校に行ったとしても、自分への厳しさと同時に周囲への思いやりを忘れず、苦しんでいる人に手を差し伸べてやることのできる素晴らしいリーダーに育っていくと確信しています。
なんとも愛おしい子たちです。
(2)「時間がなかった」と宿題忘れ、適当な取り組みを繰り返す生徒
宿題を出しても「時間がなかった」とか「忘れていました」とやってこない生徒たち。
⇒今では宿題忘れはゼロ。完全になくなりました。
毎回同じ言い訳で2回、3回と宿題忘れを繰り返し、私に一喝され涙し、その後「生き方」をほんの少しだけ変革させてくれた結果、成績が爆上がりした生徒さんがうちの校舎には多数います。
それはただ一喝しただけでなく、
・なぜ自分がやらなかったか(その心のメカニズム)、
・自分に甘くすることがどういう結果になるか
・自分の周りの頑張っている人、頑張れない人を思い浮かべてみること
などを繰り返し、形を変えながら話して聞かせたことが奏功したのだと思っています。
ただ勉強習慣を強制(←教育現場あるある)したのではなく、
子供たちに日々の努力の大切さを説き、彼らが納得してくれ、
さらに変化が定着するまで粘り強く、暖かく声をかけ続けたからこそです。
(3)定期テストの準備がずさんな中学生たち
私の着任当初、定期テストの勉強は範囲が発表される1週間前からで、やるのも学校のワークをなんとか1回通りといった生徒たちがたくさんいました。まぁ、宿題への取り組み方を見れば推して知るべしなのですが。
⇒今では平素からワークを進め、2~3週間前からギアを上げてワークは2周、3周やるのが当たり前という空気になりました。
「準備は早く始めろよー」「1回だけなく繰り返しやるんだぞー」と生徒に言うだけなら、ちょっと気の効いた学校の先生でも塾の先生でも誰もが言うだろう。
・・・でも生徒は変わらない。変わるわけがない。
そして先生は「やれって言ったんだけどなー。あいつダメだなー」と生徒の責任にする。・・・クソ先生です。(笑)

(4)先生を変える、保護者(親)を変える、自分を変える
生徒、子供たちだけではない。大人についても、
人から「〇〇やった方がいいよ」と勧められて日々の生き方のルーチンを変える大人がどれだけいるか。
・・・断言できる。ほぼ皆無だ。
なのになぜ子供には一度言えばやる、やり方を変えると思うのだろうか。
そんな大人、指導者、虫が良すぎないか。
本当に生徒のことを思うならば、生徒がやる気になるまで話してやり、そして実際に変化が定着するまで、親心をもって粘り強く、強制にならないよう、声をかけ励まし、背中に手を添え続けなけらばならない。
言い方を変えると、、
要するに1日8時間だけ生徒や校舎のことを考えるのでは全然足りない。家で休みの日も風呂の中でも布団の中でも24時間考えていないと人の生き方を変えることなんて叶わないということです。(少々極論ですが。)
でもそれができない先生が本当に多い。学校も塾も。
なぜなら先生たちも自分のこと、自分の時間が大切だからだろう。
人間だから、所詮自分が大事なのはわかる。
でも人を育てるということは、相手の生き方(勉強習慣、日々の選択、考え方)を変えることに通じる。
大変な作業である。
親も同じで、自分のことよりも子供、生徒のためを考え抜かねば、
相手がどう感じているかその気持ちを汲み取り、
自分の人生の時間を捧げるくらい考えて子供に声をかけ、接し、励ましていかねばならないのは、親になった経験のある人なら当然にわかるはずだと私は思う。
(私は毎朝テニスの早朝練習を2~3時間やりますが、その行き帰りの自転車に乗っている最中も、コートにいてラケットを握っているときも頻繁に生徒やその日の授業のことを考えています。夜、夢でもよく見ます。正味1日20時間前後は子供たちのことを考えています。これは決して大げさな話ではなく、そんな経営者、部門責任者たちにたくさんお会いしてきました。本当に部門を伸ばすリーダー(塾で言えば校長)は1日24時間考えている。)
・・・でもできない先生が多い。よくて勉強の知識を浅く表面的に語っているに過ぎない。そんなことで生徒の生き方は変わらない。それだけならAIでもYoutubeでも事足りる。
そんなAI先生は、いざという時に自分を優先し、できない生徒の理由を生徒のせいにする。
違うだろう。生徒ができないのは、すべて教える側の責任である。
私は長い間、こういう先生、リーダー(人を導く立場にいるのに、できていない、「自分が大事」という人)を見るとほっておけずついストレートな一言を投げつけてきた。そしてそのほとんどが反発しか生まなかった。
前職では最初の上司にそれをやろうとし、陰口をたたかれ続け、苛め抜かれた。
まぁ部下が上司にかみつけば、そうなるのが世の常で、悪いのは生意気な部下となる。
・・・そういう「行き過ぎた正義感」、これは父親譲りなのだろうと思う。
父も岡山県内の著名な医師を叱咤、指導していたと聞く。(父の葬儀でご本人たちから聞いた。私も子供の頃、その光景を幾度も目にした覚えがある)
昨年は1年間の中で、これ(正義感の直球)がかなり抑えられるようになってきた。
帰国当初は相変わらず直球を投げていたが、夏ころから「このままではいかん」と気付き、他の先生に接するときも子供に接するときと同じように、相手の気持ちを尊重した上で変化球を投げられるように少しずつなってきた。
自分の子供のことをダメ出しし、子供が家で勉強しない様子、学校成績が上がらない状況をすべて子供のせいにして、そのやる気をそぐ言葉を投げかけていた保護者に対する話し方も変わった。
「お母さんが子供の頃、親からそんな風に言われたらどうでした?」とか
「職場で上司からそんな風に上から全否定されたらどうです?やる気でます?」と
ワンクッション入れられるようになった。
面談で涙し、気づいてくれた素晴らしい保護者は1人や2人ではない。その後2~3か月でお子さんの成績は爆上がりした。当然だ。
これが昨年、私に起きた大きな変化の一つです。
これができるようになってから、私が現在一番身近に接している先生にも大きな変化、劇的な意識改革が起こりつつある。
そのおかげで、例年は問い合わせや入塾がほぼないこの時期に、破格の数の生徒さんからの問い合わせや入塾が続いている。
地域に口コミで評判が広がりつつあるのを確かに感じる。問い合わせのすべてが友人、その保護者からの紹介だからだ。

(5)自分を変える/その②
人に対する接し方だけではない。
自分の日々の生き方にも大きな変化を起こすことができた。
具体的に書くことは差し控えるが、
58年生きてきて本当にできなかったこと(「ボンボン育ちのせいで」と言うと少しヒントになるでしょうか)が昨年後半からできるようになった。
日々のちょっとした場面での選択を180度変えることが意識的にできるようになった。
↓今日の自炊。値引きしてた和牛を使った肉じゃが
↑
この肉質(サシ)!
200gで700円は和牛にしては破格と思って衝動買い。
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同じ生き方をしていれば、同じ結果が出るのは当たり前。
多くの人間は、同じようなミス、過ちを繰り返しているはず。
それは同じ生き方をしているから。
でも少しでも生き方、日々の選択に「変」を起こすことができれば、
人生は新しい道筋(ルート)を進みだす。ドラマチックに。
これを人に指南していく。
---父から授かった私の天職だと思っています。
↑中3受験生、高校生に面談で渡している資料の1ページ。