前回、

というブログを書きました。

内容は、布ナプキンの話であると同時に

女性性開花の話飛び出すハート

だと思って続きを書きます。


家族で奄美へ


女性性って、特別なことじゃない。

ふわふわすることでも、
可愛くすることでもない。

ただ、自分を雑に扱わないこと。

これだけで開花🌸 簡単飛び出すハート

例えば、月経のときの布ナプキンを替える時、

私の場合
「まだ替えなくてもいいか。」
「洗うの面倒だし。」

そんなふうに、

私は無意識に自分へ妥協していたことに気がついた。

ここに何か違和感を感じたんです不安

私、本当はどうしたい?

その問いを向けたとき、私の答えは

「自分のことを雑に扱わない私で在りたい」

だった。

女性性を大切にするって

♡自分の感覚に耳を澄ませること。

♡なんとなくの違和感をちゃんと感じてあげること。

そして、「私はどうしたい?」と聞いてあげて

その感覚を、ちゃんと叶えてあげること。


汚れた布ナプキンを替えることも

お気に入りの下着を身につけることも

いい香りに包まれることも

誰にも見えない場所も、丁寧に扱うことも

全部、

「あなたは大切な存在だよ。」

というメッセージを、

自分自身へ送り続ける行為💗


女性性は、

誰かに愛されることで
開花するものじゃない。

誰かに満たしてもらうことで、
開くものでもない。

女性性は、

新しく手に入れるものではない。

もともと私たちの中にあるもの。


まずは、

自分が自分を愛すること。

自分の感覚を信じること。

心地いいを選び、その心地よさを自分に与え続けること。

その愛の積み重ねが、

安心を育て、

子宮を、身体全体をゆるませ、

女性性は今日もまた、

花開いていく🌸
布ナプキンに変えて約4年。

たくさんの恩恵を受けてきた。

でも最近、
月経のたびに無意識に思っていたことに気がついた。

「布ナプキンをなるべく替えたくない。」
「洗う枚数は極力少なくしたい。」

つまり私の中には、

布ナプキン=もったいない、面倒くさい

という設定があったガーン

よく考えてみると、

紙ナプキンを使っていた頃から、

「まだ使える。」
「もったいない。」
「もう少し我慢しよう。」

ケチ泣き笑い

そんな観念が、布ナプキンに変えてからも、
そのまま私の中に居座っていた。

私は無意識に、

「自分にはこれくらいでいい。」

そうやって妥協していた。

自分への扱い方が、
とても雑だったことに気がついた。

そんなとき、ふと思った。

もしこれが、大切な人のベッドシーツだったら?

汚れたまま、

「まだ使えるから大丈夫。」

なんて言うだろうか。

きっとすぐに、きれいなシーツへ替えて、
「心地よく過ごしてほしい。」と思うはず。

それなのに、毎日、一番長く一緒にいる
自分の身体には、
どうして私は同じことをしてこなかったんだろう。

その瞬間、

一番大切な私の身体にも、
その心地よさを与えてあげたい。

そう思った。

「もったいない」ではなく、

「心地いい。」

という感覚を選んであげたい。

それはきっと、

あなたは大切な存在だよ。

というメッセージを、
自分自身へ送り続けること。

愛は、誰かからもらうものではなく、
まずは自分自身から受け取るもの。

子宮は、命を育み、
女性としての人生を
ずっと一緒に歩んできてくれた場所。

だからこそ、いつも心地よく、
清潔に、愛を込めて整えてあげたい。

まるで、

最高級ホテルのスイートルームを整えるように♡

誰にも見えない場所だからこそ、丁寧に愛を注ぐ。

そんな小さな積み重ねが、
自分を大切にすることなんだと思う。

そして、それは、
女性性開花にもつながっている。

その話は、また今度書こう♡



奄美大島で迎えた、蟹座新月の朝🌚♋︎


ホテルの朝食でまず運ばれてきたものがこちらおねがい

ティダムーンに宿泊しました花



小豆粥と、 新月に汲み上げた海水から作られたお塩


添えられていた説明には、 


“奄美では昔から、 月の満ち欠けが人の体調に影響していると考えられてきた。”


“心身ともにバランスの取れた日々を過ごせますようにと願いが込められている” と書かれていた。


やさしい祈りのようで


 ホテルのこのおもてなしが、

とてもうれしかった飛び出すハート



 ⸻  


どうして奄美の人たちは、 


こんなにも自然に、 


人の健やかさを願えるんだろう?


⸻  


奄美大島は、本当に自然が豊かで生命があふれ、  


同時に厳しさがある圧倒的自然が存在している。



そんな自然の中にいるときっと


 「 全部つながっている。」 


という感覚が、 


当たり前になるのかもしれない。 


月だけが特別なのではない。 


海も。 


風も。 


植物も。 


そして、「人」も。 


ぜ〜んぶ同じ自然。 


ぜ〜んぶ


分け隔てなく、大切にする。 


それが奄美の人たちの自然観なのかもしれない。



 ⸻


月が満ちて、欠ける。 


潮が満ちて、引く。 


同じように、


人である私も


呼吸をして、 


心臓が鼓動して、 


感情が揺れる。 


みんな同じ自然の営み。 



自然は、 外にあるものじゃなくて 


私も、 自然そのもの。


⸻  


新月は、何かを始める日


満月は、手放す日、とされている。


私は図々しくもそれをただの習慣にしてた。


それももちろん大事なのだけれど


まずその前に


満月新月は、月に2回の大切な節目として


自分で自分をおもてなしする日♡


私<ME>に、この身体に、この自我に


「今月もありがとう♡」と声をかけてあげる


そして「あぁ、私も自然なんだ。」 


と思い出す時間。 


奄美で受け取った、 


あのやさしいおもてなしを


今度は、 私自身へ贈ってあげたいと思った♡