※†母なる国はレムリア、信じるものは聖なる母マリア†※ |KO KO RO
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。。。つづき





弊立神宮~ある女性霊能者の手記


後日知ったことですが日本には「アマテラス」という神いて、私はその中にある、マテという音に偉大な母なるエネルギーを感じるのです。

その後、大阪へと仕事はつづき、その間、いろいろな人々とのすてきな出会いを体験しました。
そして、いよいよ私が地図で「ここと決めた島、九州の地」での仕事がはじまりました。

福岡でのセミナー終わりに、私は「太陽の石」の物語を参加者に話し、この石を納めるにふさわしい聖地が、九州のどこかにないかを尋ねてみました。
これは何よりも重要なことで、私が日本に来た最も大きな目的の一つと言っても、過言ではないのです。

参加者からはさまざまな興味深い意見や情報をいただき、どれもが貴重に思えたのですが、石を納める聖地は一つに決めなければいけません。
そのうちのあるところを、この石を納める場所と決めました。
そして、ちょうど仕事のオフにあたっていた翌日、その場所へ、石を奉納することになりました。

その日、ホテルにもどり、福岡の友人と翌日の予定を確かめていた時のことです。

それまでは、石をどこに納めるという話題にもあまり興味を示さなかった彼女がふと、こうもらしたのです。

「ところで人類発祥の地といわれるお宮があるのをご存じですか? そこは『太陽が蘇る』という名の町にあるんですよ」

私は即座に「この石を納めるのはその地です」と答えていました。
この瞬間、目的地はにわかに変更になりました。

それからは、まるで流れるように不思議な、いえ、必然のさまざまなことが起こりはじめました。

そのお宮の名前は「幣立神宮」、九州の真ん中、熊本県蘇陽町にある「日の宮」として、知る人ぞ知る隠れ宮だったのです。

そこは高天原の中心の皇祖発祥の神宮といわれ、太古の昔から世界人類の祖神を祀ったとされています。
そして、これを実証する数々の証の一つとして「五色神面」と呼ばれる、世界人種の祖神を形どった木製の彫像面が奉納されています。

この五色神面の五色とは、世界の五大人種の肌の色を表したもので、その起源とされているのは黄人(アジア系)です。
そして、その後彼らの子孫が世界各地に広がり、その風土や気候などに影響を受け、赤人(ネイティブ・アメリカン)、青人(アジア南部)、白人(白人系)、黒人(黒人系)、へと派生したといわれています。

また、古代エジプト、ユダヤ人(一説ではモーゼ)によって運ばれた「水の玉」も奉納されています。
その他もろもろの算べき証しによって、弊立神宮は世界の霊的中枢といわれ、神々が降臨した高天原であるともいわれているのです。

翌日・友人の「ほら、ジユディスのトレードマークと同じよ」との舌口葉とともに、持ってきてくれた、ある本の表紙を見て、私は驚きました。

その本は弊立神宮春木宮司の著書『青年地球誕生』で、表紙には私のトレードマーク(現在は多少、変わっているのですが)と、色、構図、形にまでそっくりな、太陽の写真が載っていたのです。
彼女は私の着ていたトレーナー(これはタスマニアの私のクラスの生徒たちが、わざわざトレードマークを入れてプレゼントしてくれたものです)を見て、そのことに気がついたのでしょう。

私たちは、いよいよ弊立神宮を目指して出発しました。
途中出会うさまざまなシンボルを通してのメッセージ(私は常にいろいろなシンボルを通して神の意志を確かめるのです)。

「空高く舞う、大きな美しい鳥」

「新生児を抱く母」

「インディアンの絵」

それらのすべてが明確に、これから起こることの意味を伝えてくれていました。

ここで少し、前述の福岡の友人に話をもどしましょう。

彼女は普段、精神世界関連の仕事をしているのですが、その割にはまったくサイキック・スポットや聖地には、関心のないタイプです。
その彼女がなぜ、遠く弊立神宮のことを知っていて、本まで持っていたのかというと……。

その答えを、彼女はこう説明してくれました。

ある日、名古屋から親しい友人が訪ねてきたそうです。
そして、その滞在の二日目の朝突然、「私、阿蘇にある弊立神宮に行きたいんだけど、いまからじゃ、無理かしらねえ」と言いだしたそうです。

わざわざ来てくれた友人のために、できるだけのことをしたいと思ったそうですが、福岡から阿蘇まではかなりの距離があり、なにせ神宮の場所すら定かではなかったのです。
そして、ともかくその友人の知識だけを頼りに、とりあえず出発することになりました。

あとになってみると、たしかに彼女の信頼できる何人かの友人たちが、そろって弊立神宮の素晴らしさを語っていたことや、日本のさまざまな有名人を案内したという話を田心い出したそうです。
そして実際・何度か誘われていたにもかかわらず、そのときは行く気になれず、もはや婆の心からは忘れ去られていたことでした。
彼女とその友人は案の定、道に迷ってしまいました。
ところがそのうち、同乗していた子供が突然、
「あっちだよ。こっちだよ」と言いはじめました。
そして、本当に幣立宮に着いてしまったのです。
そのときはさして気にもかけなかったのですが、あとになって友人が不思議に思い子供に尋ねてみたそうです。

「どうして道がわかったの?」

すると、こんな答えが返ってきました。

「だって頭の中で、あっちだよ。こっちだよ、って声が聞こえたんだもん。でもお家の人には秘密だよ」

お宮に着くと、ちょうど権宮司様がいらして、思いもかけず正式参拝させていただくことになりました(なにしろ、はじめはただ「行ってみたい」だけだったのですから)。
儀式の間中、彼女は意味もなく涙が流れ・足の壁が止まらず、やっとの思いで玉串を捧げることができたそうです。
その際に、買い求めてきたのが、例の本だったのです。
いまにして思えば、セミナーの終わりに石の奉納先を尋ねたときに、知る人ぞ知る「霊地」弊立神宮の名前があがらなかったのも不思議なことですが、当時、まったくどのようなお宮にも興味のなか
った福岡の友人が、たまたま弊立神宮だけを知っていたというのも、奇偶です。

やはり「神事の前夜、直前にならなければ、目的地は明らかにされなかった」という、これも御計らいだったのでしょうか。

私は大きな神の御心の中で、すべてのことが黄金の輪の、鎖の一つ一つのようにつながれていくのを感じていました。
そして、おのおのの人々がときには幼な子までが(いえ幼な子だからこそ)神(宇宙)の御心のままに動かされていく……。

話が随分と横道にそれてしまったようです。
かくして私たちが目的地へと車を走らせていると、福岡の友人がたんたんと、こうきりだして来ました。

「ジユディス、これっていったい何かしら?けさ、お参りのために、シャワーを浴びて、白の上下の服を着ていたの。
そしたら朝日が花瓶に反射して、着ていた服にかわいい虹を映したの。
そのとたん『約束は成就された』この言葉がからだの中にポーンと入ってきて、次の瞬間、何がなんだかわからなくなって、その場にひざまづき、いつまでも激しく泣いていたの。
……あなたも知っているように、私は別にサイキック体質じゃないし、いままでだってそんな経験はもちろんないし……」

こうして私たちは、もう何時間もただ曲がりくねった山道に揺られていました。

「近づいてるわ……。もうすぐ……、もうかなり近くまで来ているはずよ」。こんな言葉が知らず知らずのうちに、口をついていました。

「えっ?ジュディス。どうしてそれがわかったの。
私、まだ何も言っていないのに。
それどころか、さっきからこの道でいいのかどうか、心配しながら走っていたんだけど……」

そのとき、私はずっと大切に手の中に石をもっていたのですが、それはだんだんと熱くなり、そしていまではもうかすかに振動すらはじめていたのです。

そして、まもなく私たちは無事、弊立神宮に到着しました。

車はさらに上まで上ることができたのですが、私たちははじめから石段を上ることにしました。
そうしたかったのです。

雪にうっすらと覆われた、その長い石段をゆっくりと上りながら、ふと見上げると、そこにはまるでときが止まったかのようにたたずむ、弊立神宮の御社が現れました。
このお宮から発せられるスピリチユアルなエネルギーは古代いにしえの力、そして大自然のエネルギー、聖なる波動でした。

これも後日、わかったことですが、このお宮の春木宮司は、まさしく神、自然、の三位一体を体現されている方で、この神宮のエネルギーそのもののような方でもあったわけです。

私たちは、この弊立神宮のエネルギーに癒されながら、御神殿へと向かいました。
そこではあたたかい微笑みをたたえた、禰宜先生が迎えてくれました。
私は女性の神官だったことに少し驚き、それと同時に、彼女の目の中に「魂の同胞」という想いを強く、そして、懐かしく感じていました。
新しい子(新生児)を育む母、これからは女性のエネルギーが、いままで以上に大切になってくるというメッセージを常に受けていた私は、ここでも目の前に体現された宇宙の計らいに感動を覚えました。

余談になりますが、この神宮には二匹のセントバーナード犬が飼われていて、境内を歩き回っているのですが、日本のお宮とスイスのセントバーナード犬、この絶妙の組み合わせに、私は思わず微笑んでしまいました。

ちなみにセントバーナードはアルプスで人を救助することで知られていますが、弊立神宮もまた、たくさんの人々を救い、癒す拠り所となっているわけです。

私たちは御神殿で玉串を奉典させていただき、無事に「太陽の石」を納めることができました。

その儀式の半ば、玉串を捧げるために前に進むと、正面に祀られてあった聖石が光を放ちはじめ、辺りを照らしだしました。
そして、さらに前へと進むと、その石は真ん中から開き・黄金に光輝く、天の女性が現れ、近づいてきました。
そして、そのまま私の太陽神経叢を通り抜けていったのです。
また、お祈りを捧げている時、自然とからだがすーっと、その石に引きつけられていくのを感じました。
端から見ていた人は、私のからだが確かに傾いていたと言います。

予備知識がまったくなかった私が、その石こそ「御神鏡」だったことを知ったのは、すべての儀式がすんでからのことでした。

その後、境内を歩いていると、一本の大木の前でどうしても止まりたくなりました。
そして、しばらく、そこにたたずんでいると突然、「ショー」「……ワ」、「ショーワ」というメッセージが聞こえてきたのです。
横にいた友人に、伝えたところ、それは崩御された天皇陛下のお名前だということがわかりました。
それを禰宜先生に伝えたところ「実は、こんな写真があるんですよ」と二枚の写真を見せてくれました。

そのうちの一枚には、七色に輝く玉のようなものが、いくつもその木に写っていて、もう一枚の方には、尊厳のある風貌の日本人男性の顔が木の上に写っていました。
そして、このお顔こそがまさに昭和天皇その方だったのです。

また、別の日に境内を歩いていると、「水の近く、……ヒ・ミ・コ」というメッセージを聞いたのです。
その啓示によると、彼女のシンボルは魚の形(勾玉)で、色は赤、その意味は「地上の生活」、そして「血の色」
女性のエネルギーをかの地にもたらす。
そして、大地で天と地のエネルギーのバランスを保ちつつ、エネルギッシュに生活する。
このことを体現し、みなに伝えるため、また彼女の中にはがあり、それはおのおのの人々の内なるものを投影し、その人自身に反射する。
愛には愛を……、慈悲には慈悲を・・・・、そして、そのヒミコの中だけでなく、すべての人々の心の中にあるであることを彼女は身をもって体現した。

このように弊立神宮では、まったく日本語のわからない私が、霊感や啓示で感じた音をお伝えすることによって、さまざまな共時性が成り立っていきました。

さらにもう]つ紹介すれば、境内の少しはずれた場所にある、やはり一本の大木の前で「(聖人)ぺテロの木なので、大切にするように」というメッセージを受けました。

続いて、私は次のことを感じました。


つづく。。。






「 新しいステージは始まった 」 |KO KO RO
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『 2013年7月11日 』

私たち魂友3人は
呼ばれた場所へと向かいました

前日から
重く強いエネルギーに
押し潰されてしまうかのような
全身の痛みや歪みを観じていた私

その地に足を踏み入れた途端
そのエネルギーは同化しました

その地の空間は
何もかもが違っていました

色も気も音も違う

私たちは観じるままに
対話しながらゆっくりと歩みを進めます

私たちをこちらで待っていて下さったのは
土龍(=地龍)さま

ハルニレの樹となり
何百年も待っていて下さいました






「不動の心をお忘れなきよう」 |KO KO RO
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"711"
神奈川と鹿島を繋いだ日

昭和天皇から
メッセージをいただきました

"816"
4本の光の柱を建てた日

明治天皇から
メッセージをいただきました

"914"
再び強く頼朝さんと繋がった日から

ものすごい勢いで
真実の天皇に関しての情報が
初めてお逢いしたお方を通してまで
向こうから集まって来ています


私だけではなく
真実を追究し
その真実を伝える能力を開花させている人の元に
真実の天皇に関してのメッセージが届けられていることでしょう


そこで
私が大切に想っていることがあります

真実は
ただ明らかにすればいいのではありません

それぞれの立場の人たちの魂が
どういったルーツを辿って来ているか
そこに執着する必要はありません

ユダヤ?
南朝?

オリオン?
シリウス?

それぞれの魂が
本気で殺し合いをしてきた記憶に
あなたは留まりたいのですか?

なぜ今
過去に過ちを犯してしまい
未練を残したまま光に還ることの出来なかった怨霊たちが
私たちに真実を明かして欲しいと願っているのか解りますか?

それは
真実を知った上でも
誰に恨み憎しみを抱くことなく
大調和の倭を築く力を持っていると
私たちを信じて下さっているからです

どのような真実を知らされても
不動の心で穏やかな波動のまま
宇宙の愛の光を
この地球に広げてくれると
信じて下さっているからです