こんにちは
仕事と不育症に向き合うバンコク駐妻の
あかねです
しばらく【駐妻のキャリア】シリーズを
書いてみようかなぁと思います。
駐妻に1ミリの憧れもなかった私が、
駐妻になって3年間感じていたことを
書いてみようかと。
私が将来駐妻になるかもしれない。
正確に言うとならなくてはいけない。
かもしれないと思ったのは、
大学3年生のころ。
就職活動が本格的になり、
本命の企業がだんだんはっきりしてきた頃、
彼(現夫)から言われた一言が
『海外駐在のある企業に入りたい』
でした。
言われた私としては、
『あー、やっぱり・・・』
予想通りではあったものの、
東京が大好きで、国内転勤のある会社さえ
受ける気のなかった私は、
もし本当にそうなったら嫌だなぁと
思っていました。
ちなみに私の会社選びの基準は、
①東京以外に支店がない会社
(地域限定社員とかにはなりたくなかったので、
総合職なのに転勤が一切ない会社を
目指していました。)
②化粧品会社で開発に配属が確定している会社
③実家から通いやすい場所
とにかく自分の生活パターンを変えたくない私。
住み慣れた東京、住み慣れた実家、乗り慣れた西武池袋線。
付き合い慣れた彼氏と友達。
そういう慣れきった安心できるもので
土台を固めて、新しい刺激は仕事の中だけにあれば
十分だと思っていました。
彼は希望通り商社に内定。
彼と結婚した場合、駐妻になる未来は
もう避けられなさそう・・・。
私が自分が駐妻になるかもしれないと思ってから、
実際に駐在が始まるまで、約5年。
私は小さい頃から絶対に
専業主婦にななりたくないと
思っていました。
なので、海外についていっても、
私も絶対に働こうと決めていたし、
その5年間に海外で働ける自分になろうと
私なりに色々頑張ってきました。
そして決まったバンコク駐在・・・
次回のお話は・・・
【駐妻のキャリア】なんでバンコクなのーーーーー
をお届けします。
天使ママさん、不妊治療中の方、駐妻の方、起業に興味のある方など私もお話ししてみたいです(^^)
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