今回のライオンズゲート、なんかすごいですね。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
 
傷ついた人で生きるのか?
痛みを知る人で生きるのか?

傷ついた事実をアイデンティティにして、その傷を人生の主語にし続けるのか。

それとも、痛みを知っている自分として、そこから何を選ぶかを自分で決めて生きるのか。

その選択を、強烈に促されているように感じています。

前半を終えて、私に今起こってることを残しておこうと思います。
 
 
 

 

身体を後回しにする生き方をやめる
 
少し前に、健康診断で肝臓の数値が高かったことを書きました。
 
あの記事を書いてから、私は生活を少しずつ変えました。
 
毎日30分、紙に身体の中にある感情や思考を書き出すこと。
「理解しよう」とする前に、まず身体から感情を出し切ること。
食後に歩くこと。
そして、ちゃんと眠ること。
 
自分の身体を後回しにする生き方を、少しずつやめ始めました。
 
先日、再検査の結果が返ってきて、
肝臓の数値は、正常値に戻っていました。
 
もちろん、何が一番効いたのかは分かりません。
 
運動かもしれない。
睡眠かもしれない。
 
でも私は、この数週間で怒りとの付き合い方が変わったことも、決して無関係ではないように感じています。
 
そして、その変化は、思いもよらない形で現実に現れました。
 
 
 
 
診察室での試練と、怒りの余白
 
先日、長女の付き添いで病院へ行きました。
 
診察の途中、先生は治療方針を一気に説明してくださったのですが、突然の話に娘も私も少し戸惑ってしまいました。
 
私は娘に、
「どうする?」
と聞きました。
 
すると先生は突然、
「辛気臭い!こっちも忙しいんや!どうせ決められんやろ!邪魔や!」
そう言って、私たちを一度診察室の外へ出しました。
 
以前の私なら。
間違いなくブチギレていました。
「そんな言い方あるか!」と怒りに支配され、
迷わず病院を変えていたと思います。
 
でも、その日の私は違いました。
「あぁ、この先生、よっぽど疲れてるんやな」
そう思いました。
 
もちろん、
「あの言い方はない」とも思いました。
だから許したわけではありません。
 
でも、怒りに飲み込まれなかったんです。
 
私は先生を見ているのではなく、
娘を見ていました。

 

娘は少し考えて、
「自分の未来のために、一歩進む」と、自分で決めました。
私はその決断を尊重しました。

 

そのあと先生は、
「よく決断したな。あれくらい言わんと決められんかったやろ」
と、自分を正当化するように笑っていました。
 
私は心の中で、
「いや、それは違うやろ」と思いながらも、
今後の処置でお世話になることへのお礼だけは伝えました。
 
 
怒りに人生を運転させない
 
私、いつものように怒りに翻弄されていない。
ワナワナしてない。
怒りに震えてない。
そのことに一番驚きました。
 
怒りが消えたわけじゃない。
怒りはちゃんとある。
 
でも、怒りが私の人生を運転していなかった。
 
「あ、この人とは距離を置こう」
「でも娘の意思は尊重しよう」
そんなふうに、怒りを判断材料として使えていたんです。
 
ここ数日よく眠っていたことを思い返し、
「あぁ、私にとって睡眠って本当に大事なんやな」ってしみじみ実感しました。
 
何かの本で、こんな風に書かれていたのを思い出しました。
『肝臓は怒りの器。
毎晩きちんと寝て、肝臓という怒りの器を回復させておくだけで、
怒りが吹きこぼれるようなことも少なくなる。』
 
身体に余裕があるだけで、感情との間にこんなにも余白が生まれるんだと、
身をもって知ることができた出来事でした。
 
実は、あの横暴な先生を前にしても私が戦わずにいられたのには、もう一つ大きな理由があります。

私の父は、家庭内でとても威圧的で、私にとって「恐怖」の象徴でした。
無自覚だったけど。

幼い私は無意識に「私が母を守らなきゃ」「父より強くならなきゃ」と身構え、戦うことを覚えたのかもしれません。

また、私の身体はずっと「戦うか・逃げるか」の過剰な警戒モードである〈モロー反射〉が残ったまま大人になりました。

父への対抗心もあいまって、社会に出てからも、男性の上司や「権威のある男性(=父親の影)」を前にすると、脳で考える前に身体が勝手に戦うスイッチを入れて、食って掛かる癖がずっとあったんです。

でも、今の私は違いました。

少し前に父を一人の人間として理解し、許すことができていた。

そして何より、「反射の統合」が進んだことで、身体が「戦うか逃げるか」の二択ではない、本当の安心感を覚え始めた。

だからこそ、あの診察室で「あぁ、私はもう、目の前の権威と戦って自分を証明しなくても、守らなくても、大丈夫なんだ」と、身体の真ん中で深く納得し、新しい回路が育ったように感じられました。

 
 
 
娘の症状が教えてくれたもの
 
娘の症状について、身体からどんなメッセージがあるのか、ある本から考え方に触れました。
医学的な話ではありません。
 
でも、そのページを読んだ瞬間、
「あーーー、私やん」
そう思いました。
 
娘のことを心配しながらも、私自身の中には、まだ子どもの頃から抱えてきた怒りや悲しみが残っている。
 
そう感じたんです。
 
だから私は長女にも伝えました。
「もし、お母さんへの怒りや恨みがあるなら、紙に全部書くといい。
口汚くてもいい。私には見せなくていい。
書いたら破って捨てたらいい。
それと、毎日早く寝よう。健康が一番大切」
 
私のせいかもしれない…という思いはありつつ、罪悪感に支配されるわけでもない感覚。
私を恨まないことよりも、自分の感情を身体に溜め込まないことの方が、ずっと大切だと思えたんです。
 
前の私だったら、「私は間違ってない」という気持ちが強くて、許可できなかったかもしれない。
 
長女は「???」という顔をしていましたが。
 
それを見て、ふと浮かんだ事があったので、長女に続いて聞いてみました。
 
「次女が最近頑固になってきた理由、どう思う?」
 
すると長女ぽつりと言いました。
「私の自立が始まったから。
妹は私を支えるために生まれてきたんやと思う」
 
私は、その言葉に驚きました。
 
この子はもう、自分の人生を、自分の感覚で歩き始めている。
私はもう、何も教える必要なんてない。
 
親である私が、自分の身体を整え、自分の感情と向き合い、自分の人生を生きる。
 
その背中を見せることが、一番の教育だったのかもしれない。

娘のことを考えていたはずなのに、

いつの間にか私は、自分自身の「母に愛されたかった子ども」のところまで戻っていました。


 
 
 
愛することの、本当の意味
 
前回の記事で私は、
「愛するとは、その人の幸せを祈ること」
という結論にたどり着きました。
 
そして今回は、その続きを身体で学びました。
 
愛するということは、
相手を思い通りにすることではない。
怒らないように育てることでもない。
自分への怒りも、親への怒りも、子どもから向けられる怒りも、
「感じても大丈夫」
そう安心できる土台を作ることなんだ、と。
 
肝臓の数値が正常値に戻ったことも、本当に嬉しかった。
 
でも、それ以上に嬉しかったのは、
私の身体が、「もう戦わなくても大丈夫」と教えてくれたこと。
 
そして、その安心が、少しずつ娘たちにも伝わり始めていることでした。
 
 
ずっと外側に探していた「安心」の正体
 
そしてライオンズゲートピークである今日、もう一つ大きな変化が起きようとしています。
 
私はずっと、「前のように戻りたい」と思って生きてきたんだと思ったんです。
 
記憶にはないけど、おそらく、赤ちゃんの頃、母は私にとって絶対的な安心の存在だった。
 
何もできなくても、ただそこにいるだけで受け入れてもらえる。
 
私にとって、母はそういう存在だったんだと思います。
 
でも弟が生まれてから、その安心が以前と同じようには得られなくなった。
 
「私はこんなに大切にしているのに、母はもう私を同じようには大切にしてくれない」
 
そんな感覚が、いつの間にか恨みに変わっていったのかもしれません。
 
そして私は、その頃に失ったものを、ずっと外側に探していたんだと思ったんです。
 
「私を大切にしてくれる人」
「何を言っても笑って受け入れてくれる人」
「突き放さず、ずっと味方でいてくれる人」
そういう人に出会うと、ものすごく安心する。
 
そして、その安心を失いそうになると、ものすごく傷つく。
 
最近、数年前に離れた人のことをよく思い出していました。
 
その人は、とても優しくて、なんでも笑って受け入れてくれる人で、私はものすごく信頼していた。
 
だから、ある出来事をきっかけに、
「もう関係ないやん」
と言われたことが、ずっと許せなかった。
 
その後、また関係を戻したくて私から連絡した時に、
「なんなんですか?」
と冷たく言われたことも、ずっと心に残っていました。
 
その時の感情が今日湧いてきたので、そのことを紙に書き出してみたんです。
 
怒りも、悲しみも、言いたかったことも。
「そんな言い方は悲しくなるからしないでほしい」
「突き放すような言い方は傷つくからやめてほしい」
「もっと大切にしてほしい」
 
書いているうちに、みぞおちがギュッと重くなりました。
 
そして、気づいたんです。
 
私は彼女のことを許せないことよりも、
「また、あの安心を失った」ことが悲しかったのかもしれない。
 
でも、そこで終わりじゃありませんでした。
 
「あ〜私も、人に境界線を引くことがあるわ」
という気づき。
 
最近、ある人とのやり取りでも、
私は相手を傷つけないようにしながら、自分を守るために距離を取ったことがありました。
 
「私も同じことをしてるやん」
 
 
 
 
自分が自分に安心を渡していく
 
だからといって、
「じゃあ彼女は悪くない」とも思わない。
「私が悪かった」とも思わない。
 
ただ、あの人にもあの人の事情があったのかもしれない。
私にも私の事情があった。
それでも私は、あの言葉で傷ついた。
 
それでいいんだと思いました。
 
理解しなくていい。
意味を探さなくていい。
許せなくてもいい。
 
まずは、
「まだ怒ってるんやな」
「しょうがないよな」
「あれは、ひどかったよな」
って、あの頃の自分の隣に座ってあげる。
 
そして、
「本当は、もっと大切にしてほしかったんだよね」
って言ってあげる。
 
私はこれまで、「誰かに、赤ちゃんの頃の母のような安心を与えてもらうこと」を、ずっと求めていたんだ。
 
でも、私がずっと探していた安心を、
これからは自分が自分に渡していけばいいんですよね。
 
怒ってもいい。
悲しくてもいい。
人を許せなくてもいい。
誰かを大切に思いながら、その人と距離を置いてもいい。
自分の心と身体を、一番大切にしていい。
 
「こんな私でも大丈夫」
という安心を、自分の中に少しずつ育てていく。
 
もしかしたら、それが、私がずっと探していた「前のように戻る」の、本当の意味なのかもしれません。
 

そして今日は、母の誕生日🦁🔥
今日になって私は「母を許さなきゃ」ではなく、
「赤ちゃんの頃の母との時間は、私にとって絶対的な安心だったと思う。それでも母を恨んでいた時の私を、もう責めなくていい」
ということを受け入れる日になりました。
 
 
 

実は、この記事を書きながら、いつものように「今の私に必要なアロマは何?」と問いかけて、ある精油を選びました。
そこで出たのが、「ベルガモット」でした。
 
そのメッセージを読んだ瞬間、あまりのドンピシャさに震えました↓

 


【ベルガモットからのメッセージ】
「自己受容の精油」

「どうせ私なんて・・・」
「私は誰からも愛されない」
「悪いのは私」
といったマイナスの自己診断をして、
自分の力にブレーキをかけないように助けます。
どんな自分でもありのままを受け止め
無条件に愛することを学べば、
厳しい自己批判を手放すことができます。
 
 
まさに、今日私がたどり着いた「母を恨んでいた私を、もう責めなくていい」という、自己受容そのもののメッセージでした。
 
身体を整え、心を解放した私を、ベルガモットの香りが「それでいいんだよ」と優しく全肯定してくれているような気がします。
 
ここからライオンズゲート後半戦。
どんな体験をして、新たな気づきを得るのか。
武者震いしながらも、楽しみたいと思います🌻
 
 
 

 



最後に。


私が今回、理不尽な怒りに飲み込まれず、母への恨みを「消さなきゃ」と思わずにいられた最大の理由。


それは、心の持ち方を変えたからではありません。


〈反射の統合ワーク〉によって、私の身体の中に、絶対的な「安心安全感覚」をコツコツと育ててきたからです。


父への過剰な恐怖も、母への「大切にされていない」という悲しい誤解も、すべては身体の反射が残っていて、常に『ここは危険だ』とアラートを鳴らし続けていたからこそ起きていたことだ(=反射が先だったんだ)と、今ならよく分かります。


身体の土台が整い、器が大きくなったことで、やっと「どんな感情も受け入れる準備」が整ったのだと、今ひしひしと感じています。


私が変化できた秘密である〈反射の統合〉について、みなさんにもぜひ知っていただきたいなと思い、おすすめの動画をシェアします。

 

あなたのこれからの人生が、もっと軽やかに進んでいくきっかけになりますように🌈

 


🔗 【動画のリンクはこちら】

 

 

 

 

 

 

 

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