唐突ですが、私の中の不思議な法則パターンが見えてきました。

 

「もうガツガツ前のめりに取りに行かなくていいやー、琵琶湖最高ー!」

って心底リラックスして、自分の力みが緩んだときに限って、

 

なぜか外側から見たら、前のめりに動いているように見えるかもしれない事が、勝手にやってくるんです。

 

前にも、「何者でもない自分を許していきたい」

って本気で降参した投稿をした直後に、なぜかASIの無料解析をやりたくなって、


ビクビクしながら投稿で募集したら、沢山の方にお申し込みいただいて、人生で一番の大波が起きるってことがありました。


……が、実はその時、皆さんに喜んでもらえた嬉しさの反面、アドレナリン全開で前のめりに動きすぎて、終わった後に心身が完全枯渇してしまったんです。
次の生理が本当にしんどくて(笑)。

さらにその翌月、
「前回喜んでもらえたから、またやった方がいいよね」
と、当初はそんな自覚なかったけど、心のコップが空っぽのまま義務感混じりで動いていたようで、
お互いにエネルギーが噛み合わず、疲弊するだけの結果に終わることが多発して。

「もう人間嫌いだ、自分を甘やかそう」と、
しばらく自分の世界に閉じこもっていました。

そして今回、冒頭の裏腹な法則が発動して、結果、引きこもりから一歩出ることが起こったんです。

 

今日は、私の内側で起きた、壮大な認知のパラダイムシフトのお話です。

 

 

 

 

私は最近、自分の中にいる「不足翻訳機」を観察しています。

 

不足翻訳機とは、

目の前の出来事を何でも「私はまだ足りない」に変換してしまう脳内アプリのことです(笑)。

 

私はずっと、

「潜在意識を書き換えなきゃ」

「不足感をなくさなきゃ」

などと今の自分を変えようと必死に闘ってきました。

 

外側の現実や自分の意識を力づくで変えようとしていた私と今の私の変化は、こんな感じです👇️

 

・昔の私:

 不足翻訳機が出る

   ↓

 身体が反応する 

   ↓

 不足翻訳機が真実になる 

   ↓

 自己否定

 

・今の私:

 不足翻訳機が出る 

   ↓

 「あ、また来た」 

   ↓

 「で、だから何なん?」 

   ↓

 主導権を渡さない


こうして不足翻訳機を見破って、主導権を握らせなくなったら、いつの間にか自己否定のループにハマることが激減していました。


「足りない自分」を変えようと闘わなくてよくなった分、心が本当に楽になって、目の前にある日常への満足感がじわじわと深まってきた気がします。

 

まだプロセスの途中という感じではありますが、私の場合は、自分の努力や気づきだけでここまで来た感覚はあまりなくて。


〈反射の統合ワーク〉で身体の防御反応が

緩んできたことが本当に大きいと思っています。

 

 

 

 

以前は不足翻訳機が出ると、

自己否定から身体の防衛本能が自動的に作動して、

「何が問題?どこを直せばいい?」

と必死に足りない証拠を探しては凹んでいました。

 

人生のあらゆる現象を、常に"改善案件"として処理しようとしていたんです。

それも無意識に。

 

でも今は、不足翻訳機が出てきても真実にしないことが増えてきました。 


見え方が変わって、解釈の余地が生まれた感じ。

 

問題そのものが消えたわけじゃなくて、

ただ、問題じゃなくなってきた感覚なんです。

 

不足感が出ても、

「あ、そう思ってるんやな」と、ただの現象として通り過ぎていくことが増えてきました。

 

こうやって書くと、機械的に処理するAIみたいに自分でも思えますが、感情を感じなくなったわけじゃなくて、その逆なんです。

 

以前までの私は、感情を即抑圧するようなOSだった気がします。


最近は、出てきた感情をそのままにして、置いておけるようになってきました。

 

だからAIみたいになることじゃなくて、むしろ人間らしさを取り戻している途中なのかもしれないです。

 

 

 

 

思えば私の中には、ずっと「王様」と「天使」がいました。

 

長年、自分の本音や我儘を通す「王様」を自分勝手だと封印して、周りのために身を粉にして尽くす「天使」ばかりを過重労働させてきました。


それが最善の防御反応だったんです。

 

だけど、我慢と自己犠牲が限界を迎えたとき、今度はその優しかった天使まで心を閉ざして、封印してしまった。

 

問題発見モードでピリピリしていた頃は、

「ここからは私の領域!」「こっちは夫の担当!」

って、ガチガチに強固な境界線を引くことで自分を守っていた気がします。

 

それが、身体の警戒アラートが止んで、脳に余白が戻ってきたからか、

 

私の中の「王様」と「天使」が、脳内で

「ここはちょっと手抜きして、家族への余白を残しておこうか」

って優しい作戦会議をし始めました。

 

ガチガチだった境界線がふっと緩んで、

私の内側にさらに面白い変化が起きたんです。

 

2週間くらい前から、毎朝、神棚と夫のご先祖様(仏壇)に手を合わせるようになりました。

 

実はこれまで

「夫のご先祖様は、夫の担当。私は担当外」

と完全に切り捨てて生きてきたんですが(笑)、


「いや、夫や娘たちに出逢えて、今こうして一緒にいられるのって、夫のご先祖様たちが命のバトンを繋いでくださったおかげやん……!」

って感覚として腑に落ちたんです。

 

「今までごめんなさい、繋いでくれてありがとう」

とお詫びと感謝を伝えていたら、毎朝、仏壇の前で涙が溢れてきます。

 

義務ではない純粋な感謝の視点が、内側から自然と芽生えてきた感じがしています。

 

 

 

 

そして先日、娘の参観日に行く機会がありました。


「怖いから誰とも喋らんとこ」と決めて参加したのですが、それで逆に力みがなくなったからか、

学校に着いた途端、まるで回転寿司のように目の前に次々と知り合いが現れては

「やっほー!」と軽やかに喋りかけて去っていくという謎の現象が起きたんです。


気づけば私もめちゃくちゃ楽しくお喋りしていて、

娘からは

「喋らんって言ってたのにめっちゃ喋るやん。お母さんは結局、喋る人なんよ」

と呆れられる始末(笑)。


その時ふと、

「私、本来は人が嫌いなわけじゃないんだ。自分のエネルギーを大切に守りながら関われたら、ちゃんと楽しく循環するんだ」

って、身体が思い出した感覚がありました。


で、その翌日、昼寝しようと思ってたのに、

「あ、この解析ならまた違った形で喜んでもらえるかも」とふと思い、

内側が「怖い、やめとけー!」と大騒ぎする中、

なぜか突き動かされるように「えいやっ!」と有料鑑定として募集を出していました。


怖かった理由は、有料にしたからというのもあったけれど、それ以上に、最後に【お願い】としてこのように受け取り方の条件を掲げたからでした👇️

- - - - - - - 

・結果を受け取ったら一言でも感想をいただける方

・お互いに気持ちよくやり取りできる方

・敬意を持って受け取ってくださる方

にお届けできたら嬉しいです😌

- - - - - - - 


これ、今までの私なら「傲慢だと思われるかも」とめちゃくちゃ抵抗があったはずです。


でも、かつて心のコップが空っぽのまま募集して、お互いに疲弊してしまったあの時の苦い経験が、私に大切なことを教えてくれました。


我慢と自己犠牲で生きるのをやめて、

「心地よく関われる人たちと、お互いに敬意を持ってあたたかいエネルギーを回す空間」を私自身が作ってあげること。

それこそが、何よりも自分への愛なんだと思い、あえて勇気を出して書き添えました。


この行動なくして、次の扉は開かない。

そんな風に思ったんです。

 

私自身の意思というよりは、何かに運ばれるような感覚だったので、ご先祖さまに背中を押されたように感じました。わからないけど。

 

そんなこんなで始めた有料鑑定ですが、私、やらかしまくっていました……

 

確認不足で最初共通の質問を送ってしまったり、口座案内が不十分だったり、本当にドタバタで不手際ばかりだったんです。

 

ちょっと前の私なら、間違いなく不足翻訳機が大暴れして、自分を責める「改善案件」にしていた場面。

 

でも今回は「あーやっちゃった💦どうしよう💦」とジタバタしつつも、不足翻訳機の声が静まるのを待って、目の前の方へ100%の意識を集中することだけに徹してみました。

 

ただ流れに身を委ねてみたら、信じられないくらい優しい世界が広がっていました。

 

受けてくださった皆さん

「大丈夫です!」「再度回答しますね」と、

そのドタバタすらも大きな愛で丸ごと受け止めてくださったんです。

本当に感謝しかありません。

 

いただいたお金でスタバのフラペチーノを買って、味わって、

「ありがたいなぁ……」ってうるうるしていた時、

お届けした方から、魂が震えるような深いご感想をいただくという、あたたかい共鳴の体験もありました。

 

自分が現実をコントロールして成功させたなんて大層なことはまったく思ってなくて、


「あ、身体を緩めて、安心をベースに流れに身を委ねるって、こういう感覚なのかもしれない……」

という、確かな"兆し"を体感として掴めたことが、私にとって一番大きな収穫でした。

 

 

 

 

そんな中で、最近もうひとつ腑に落ちたことがあります。

 

私は長い間、

「次は何をやるべきか」

「どこを改善するべきか」

を考え続けてきたように思います。

 

でも今は、どうやらそういう時期ではないみたいで。

 

最近の私は、

「自分と離れずに繋がる」

を練習している気がしています。

 

 心のコップが満ちる。

  ↓

 やりたいことが自然と湧いてくる。

  ↓

 夢中になって動く。

  ↓

 疲れたら戻る。

  ↓

 また満ちる。

  ↓

 またやりたいことが自然と湧いてくる。

 

そんな波があるように思えます。

 

以前の私は、疲れても止まることができませんでした。

止まったら価値がなくなる、

休んだら置いていかれる、

そんな風に感じていたように思います。

 

だからコップが空っぽになっても、

なんとか気合いで動こうとしてた。

 

でも最近は、コップが空になったら

満たしに戻ればいいって心底思ってます。

 

無理やりひねり出して行動するより、

その方がよっぽど自然だった(笑)。

 

ただそれだけのことなんだなと思えるようになってきました。

 

人と関わりたくなる時もある。

ひとりで静かに過ごしたくなる時もある。

 

何かを生み出したくなる時もある。

ただ琵琶湖を眺めていたい時もある(笑)。

 

どちらかが正解で、

どちらかが間違いなのではなく、

どちらも私なんだと思います。

 

充電期間を「停滞」と呼びがちだったけど、

今は「満ちる時間」と呼びたい。

 

何もしないように見える時間も、

実は次の流れの準備だったんだなと感じています。

 

私は一直線に進む人ではなく、

波の人なのかもしれません。

 

今までその波を改善しようとしてたけど、

 最近は、

「虚無キターー!でもまぁまた満ちるやろ」

くらいに思えるようになってきました。

 

アクセル全開しか知らなかった人が、

巡航速度を覚え始めたみたいな感じです(笑)。

 

そしてその方が、人生はうまく流れるのかもしれないって思えてきました。

 

 

 

 

不足感や感情を脳で高速処理する必要がなくなってきたからか、ヘッドマッサージしてもらっても痛いところが無くなりました(笑)。

 

満足して安心した土台から湧き出る

「やってみよう」のエネルギーで、

 

お布団を干したり、気になるとこを片付けたり、

いつもはスルーしていた勝手口を丁寧に掃除してみること。


毎朝、神棚や仏壇の前で手を合わせて涙したり、

娘の演奏会を見て毎回のようにボロ泣きすること。


自然の中で風や香りを感じながら、ただぼーっとすること。


今回の解析を通して、皆さんとあたたかい時間を共有できたこと。

 

全部、周りにある「愛」や「恩恵」を、力まずにそのまま受け取れる余裕が戻ってきた証拠なのかもしれないな、と思っています。

 

重ねてきたこれまでの歩みも、

これからひらく可能性も、

すべてが輝く宝物。

 

何ひとつ欠けてなどいなくて、

全てが完璧に繋がっている。

 

そんなことを今回の鑑定を通して体感することができました。

 

問題を解決できるようになったんじゃなくて、

問題じゃなくなった。

身体が変わったら、認知の構造そのものが変わった。

 

それが今の私に起きている、

一番大きな変化なのかもしれません。

 

だからしばらくは、

「もっと頑張れ」じゃなくて、

「満ちたら動く」で実験してみようと思います。

 

実験好きな数秘7の私の仮説は、まだまだ続きます(笑)。

 

まずは安心を感じられる状態を増やして、身体から整えてあげること。

私にとっては、それが〈反射の統合ワーク〉でした。

 

身体が変わると、見える世界まで変わる。

 

今回の実験で、私はそのことを身をもって体験しています。



明日は夏至ですね🌻

大きくエネルギーが切り替わる時。


断捨離したり、片付けたり、今の頭の中をただ紙に書き出したり、自分にとって不要なものを手放すといい時みたいです。


私はこの上半期に経験したことを振り返り、
「自分の取扱説明書」と、本音の望みを明確にしようと思います。


自分の心のコップを満たして、器を大きくするために✨️


 

 

 

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