君に捧ぐ

今、なにゆえ死なんとする

あなたの絶望は本物か?

周りを見渡してみないか?



死んでからでは遅すぎる

走馬灯は全てを知っている

あなたは、ホントは孤独じゃない

あなたは、ホントに不必要ではない

そんなに今が辛いなら

そんなに今から逃げたいなら

まずは、話してごらんよ

あなたの孤独感を

あなたの哀しみを


決して、あなたは独りじゃない
決して、あなたを見捨てない


だから、お願い


死ぬという、勇気の無駄遣いはやめてくれ

その勇気

きっと、輝く使い道があるはずだから


下を向くより上を見よう

後ろに振り返るより前を見よう

きっと、そこにはあるはずだから

遠いかもしれないけど

なかなか見えないかもしれないけど


確かにある、あなたの幸せ


死ぬ前に


掴んでほしい・・・
捨てます?
私は幾度か捨てたいと思ったことがある



なんだかんだで捨てずにいる命
生きながらえて初めて、その大切さに気づくのだと
そう疑わず生きている


自分の人生がとても素晴らしいなんて思わないが
死ぬというほど絶望していない
捨てる命
いや、捨てていい命なんてない
気づいていますか?
気づきましたか?
あなたの生きる意味を



私は、まだまだ見つからないようです
死ぬまでには、その意味を見つけたいなと思っています



自ら死ぬのではなく
時流れ死んでしまうことに意味がある


ただ、思うのは
自ら命を絶つ人にも
生きていた意味が必ずあるということと
言葉は悪いかもしれないが、その死は自然界での役割だったのではないかということ


なぜなら、この世に人間は増えすぎた


その中で、淘汰される命も存在してしまっても不思議ではない
しかし、淘汰された命を見て
他は影響を受ける
それが、死を命ぜられたものの
役割だと思う


なぜなら、死という衝撃は
人の心に強く響くからだ


私の目標は
生きて生きて生きながらえて
人の心に強い衝撃を与えられる
ような人生にすることです

・・・良い意味でね
月を見るときに
あなたはどこを見ますか?


美しい弦のような三日月か
見るものを魅了する満月か

見る人のほとんどが輝いているところだけを見ているのではないか?

月の名前を見ても
輝いている部分が見えはじめてから
満ち欠けが始まる


全く見えない時に
新月という呼ばれ方をする


私は見えない月
つまり新月のときこそ月として存在しているのではないかと思う

だから「真月」と書きたい


なぜならば
人には見えずともそこにあるのだから

それは
太陽からの照り返しではなく
自らをありのままにした姿だから


輝く美しさもあるが
見えないこその風情を楽しみたいと思う




三日月にほんのり照らされた
見えない部分が見えた感動から
こんな思いを抱いたのでした