前話:黒い手紙39



「先生、愛美さん、春川学園にいるそうですよ」

アシスタントの増田結人(ユウト)はそう声をかけたが、製作に夢中な落合作太郎の耳には届いていない。

「心配じゃないんですかねぇ」

これはもう、完全な独り言として呟いた。

星愛美さん。

籍こそ入れていないものの、先生と共に暮らし、彼を支えてきた。

そんなふたりは、ある日突然アトリエに来なくなった。

数日して、先生だけが戻ってきた。

ふたりの間に何があったのかはわからない。

聞き出そうにも、先生はあんな調子だから、まるで話にならない。

あくまでも先生のアシスタントだから、彼女がいなくても問題はないが……

毎日のように顔を合わせていたのに。

自分にも色々良くしてくれたしっかり者の愛美さんなのに。

何も言わずに居なくなってしまうのは彼女らしくない。

彼女が居るだけでどこか光が射すようだったアトリエの空気が、最近では重く感じられる。

それなのに先生は、内心は知らないが、気にするそぶりも見せない。

そんな態度は、あまりにも恩知らずではないかと詰め寄りたくなるのを堪えている。

先日初めて、先生のペンネーム、朔の意味を聞いたときから、愛美さんの想いが痛いほどに感じられて胸が痛んでいる。

彼女にとって先生は、星を輝かせる……彼女が彼女であるための存在なのだ。

では今の先生は、誰のために存在しているのだろう。

自分の欲求を満たすためだけに作品作りに没頭する今の彼は、以前にも増して綺麗に澄んでいる。

だが誰をも寄せ付けない。

先生の背中を見ていると、いつか先生自身が、その黒き世界に飲み込まれ、消えていくような気がした。

だけど愛美さんが戻って来れば全てが元に戻るという気もしない。

だから居場所はわかっているが、会いに行って「戻ってきてください」と言うことが出来ないでいる。

アシスタントとして先生に命じられたことは全てこなしている。

かつて愛美さんに頼まれた、掃除や先生の身の回りの世話は、命じられずともやっている。

アシスタントとして十分な働きはしているのだから、誰に責められる言われもない。

それでも、それだけではいけないような気がする。

芸術家の端くれとして、人として、現状を打開しなければならないと感じている。

だからといって何をしたら良いのか、自分に何が出来るのか、さっぱりわからない。

行き場のない怒りや無力感を先生にぶつけてしまわないように、ひたすらに床を磨き続けていた。


この作品は徳川千とむらさき茜のコラボです!

交互に執筆しています!

今回掲載分の執筆は、むらさきでした!


★千姫(徳川千)プロフィール★