https://www.youtube.com/watch?v=Z_1sXprwHmQ

 

 

 

 

 

小刀の味

高村光太郎 




 飛行家が飛行機を愛し、機械工が機械

を愛撫するように、

 

技術家は何によらず自分の使用する道

具を酷愛するようになる。 

 

われわれ彫刻家が木彫の道具、殊に小

刀を大切にし、

 

まるで生き物のように此を愛惜する様は

人の想像以上であるかも知れない。 

 

幾十本の小刀を所持していても、その一

本一本の癖や調子や能力を事こまかに心

得て居り、

 

それが今現にどうなっているかをいつで

も心に思い浮べる事が出来、

 

為事する時に当っては、殆ど本能的に必

要に応じてその中の一本を選びとる。 

 

前に並べた小刀の中から或る一本を選ぶ

にしても、

 

大抵は眼で見るよりも先に指さきがその

小刀の柄に触れてそれを探りあてる。 

 

小刀の長さ、太さ、円さ、重さ、

つまり手触りで自然とわかる。 

 

ピヤニストの指がまるでひとりでのよう

に鍵をたたくのに似ている。 

 

桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀

を一本ずつ叮嚀に、

 

洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、

かすかに錆どめの沈丁油の匂をかぐ

時は甚だ快い。 

 


 わたくしの子供の頃には小刀打の名工

が二人ばかり居て彫刻家仲間に珍重され

ていた。

 

切出の信親。

丸刀の丸山。 

 

切出というのは鉛筆削りなどに使う、斜

に刃のついている形の小刀であり、

 

丸刀というのは円い溝の形をした突い

て彫る小刀である。 

 

当時普通に用いられていた小刀は大抵

宗重という銘がうってあって、

 

此は大量生産されたものであるが、

 

信親、丸山などになると数が少いので高

い価を払って争ってやっと買い求めたも

のである。 

 

此は例えば東郷ハガネのような既成の鋼

鉄を用いず、

 

極めて原始的な玉鋼と称する荒がねを小

さな鞴で焼いては鍛え、

 

焼いては鍛え、幾十遍も折り重ねて鍛え

上げた鋼を刃に用いたもので、

 

研ぎ上げて見ると、普通のもののように、

ぴかぴかとか、きらきらとかいうような光

り方はせず、

 

むしろ少し白っぽく、ほのかに霞んだよう

な、含んだような、静かな朝の海の上で

も見るような、

 

底に沈んだ光り方をする。

 

光を葆んでいる。