https://www.youtube.com/watch?v=gTBzvvNdalA

 

 

 

 

 

 

木彫ウソを作った時

高村光太郎




 私は自分で生きものを飼う事が苦手の

ため、平常は犬一匹、小鳥一羽も飼って

いないが、

 

もともと鳥獣虫魚何にてもあれ、その美

しさに心を打たれるので、街を歩いてい

ると我知らず小鳥屋の前に足をとめる。

 

母が生きていた頃だからもう十幾年か以

前の事である。

 

或る冬の日本郷肴町の小鳥屋の前に立っ

て、その頃流行していたセキセイインコ

の籠のたくさん並んでいるのを見ていた

が、

 

どうもこの小鳥の極彩色の華美な衣裳と

無限につづくおしゃべりとが、

 

周囲のくすんだ渋い、北緯三十五度若干

の東京の太陽の光とうまく調和しないよ

うに感じられて、

 

珍らしくおもしろいとは思いながら、そ

れほど夢中にはなれなかった。

 

そのうちセキセイのぺちゃくちゃの騒音

の間から、静かな、しかし音程のひどく

高い、鋭く透る、ヒュウ、ヒュウという

声が耳にはいった。

 

店の奥の方から来るのだが、それが何だ

かもっと大変遠いところから聞えて来る

ような響をしているので、

 

何だろうと思って店の中へ踏み込んだ。

 

その頃私は小鳥の名などをさっぱり知ら

なかったので、それぞれの籠につけてあ

る名札をよみながら鳥を見た。

 

鶯、山雀、目白、文鳥、十姉妹などの籠

の上に載っていたウソをその時はじめて

詳しく観察した。

 

さっきの声はそのウソの鳴音だったので

ある。 

 


 ウソを見て一番さきに興味をおぼえた

のはその姿勢と形態とであった。

 

この小鳥は思いきった直立の姿勢でとま

り木にとまっていた。

 

むしろ後ろに反りかえっていると言って

もいい動勢を有っていた。

 

それを見るとすぐ、あの柳の丸材で作っ

た、亀井戸天神のウソ替のウソを思出し

た。

 

柳の丸材へ横に半分鋸を入れて上からぽ

んぽんと二つ三つ鑿でこなし、その後ろ

へ削りかけのもじゃもじゃを作り、

 

脳天を墨でぬり、眼玉を描き、ぐるりと

紅で頸を撫で、胸とおぼしきところに日

の丸を一つ附けた、

 

あの原始的なウソの木彫は、実に強くこ

の自然の動勢に迫っている。

 

あの木彫りのウソは実物のウソよりも、

もっとほんとにウソのようだ。

 

私はたちまち自分でもウソの木彫を作っ

てみたくなった。

 

鳥屋さんのいわゆるその照りウソを一羽

籠ごと求めて持ちかえった。 

 

 

 私は幅二寸、奥行二寸五分の檜の角材

を高さ六寸ほどに切った。

 

それから毎日ウソを観てばかりいた。

 

ウソは鳥屋の店の仲間の声から急にひと

り引離されて、いかにもさびしそうに見

えた。

 

一日ばかりは鳴かなかったが、そのうち

またしみとおるような、細い、高い、

ヒュウ、ヒュウという口笛を吹きはじめ

た。

 

(その後、家雀の群を友達にさせてから

このウソの声がすっかり荒されてしまっ

て、

しまいにはチャア、チャアとばかり鳴く

ようになった。)

 

ひとりで窓ぎわの籠の中でそうやって静

かに鳴いている時の彼の姿勢は、ますま

す背をまっすぐに立て、

 

胸を高く張り、頭だけを静かに水平に動

かし、片足でとまり木にとまり、片方の

足はちぢめて腹の羽毛の中へ入れてしま

う。

 

ウソの面相は、雀や文鳥のように嘴の尖

って三角に突き出た方でなく、

 

むしろ鷹のように嘴が割合に小さく強く

引きしまって尖端が鍵に曲り、

 

眼も文鳥のように平らに横に附かず、鷹

のように前方に強い角度を持って附いて

いる。

 

眼の上の眉のひさしがやや眼にのしかか

り気味でそれが眼に陰影を与える。

 

眼と嘴と額との国境のような凹んだ三角

地帯に、剛い毛に半ば埋れるように鼻孔

がこの辺のこなしを引締めている。

 

文鳥のような鳥は鼻孔がむしろ嘴の根元

の隆起部に大きく露出していてまるで違

った景観を呈している。

 

ウソの黒頭巾の頭は角刈のようにさっと

平らにそげている。

 

これはややクマタカじみている。

 

ここらは例のウソ替のウソそっくりであ

る。

 

後頭部でちょっと段がついてくびれ、そ

れからぱっと明るく頬のふくらみが下に

起る。

 

そこの推移が実に甘美だ。

 

頬から上は頭も眼も眼瞼も嘴も嘴の下の

毛も皆漆黒で、その黒い中で眼の動いて

いるのがまた美しく、

 

更にその黒に境して大きく円い頬がきれ

いに頬紅をさして毛並美しく頸にかぶさ

っているのだから、

 

このウソの首だけでも、いかにも山の小

鳥らしい、黒じみない、おっとりとして

いて、

 

中々精悍な、また紅梅の花にも負けない

美麗さと風格とのある鳥だと思った。

 

頬紅からつづいて曙いろの、ほんとに日

の丸の感じの紅色の胸がぐっと前に高く

張り出し、

 

腹へかけて一段ゆるく明灰色に波うって

いる。

 

この胸の方の明るい大まかな凹凸と、鶯

いろの背部の垂直に近い、削ったような

潔い輪廓とがいい釣合を持っている。

 

その背部の蓑毛を胸の方の房々の羽毛が

逆に下から逆まきにかぶせているのは、

ウソの身体の中で、一番颯爽としている

ところだ。

 

胸の羽毛は斂めた翼の風切りの上へまで

ぱらぱらとかぶさる。

 

背中の蓑毛と胸の羽毛の下からこの風切

りが、もう一度あざやかな黒色で、黒頭

巾との呼応をしている。

 

閉じた翼の風切りのさきは左右あまり強

く交叉せず、直ぐ下に背の長さ位の尾羽

根がやはり黒一色ですっとさがり、

 

その親骨がはっきり見える。

 

風切りの黒と、尾羽根の黒との間にちら

ちらと、下尾筒の雪白の毛が隠見する。

 

これが中々シックだ。

 

この白い毛は春先の頃になると幾分多く

なるように観察された。

 

琴ひくような、夢みるような、咽喉をふ

くらまして長く引っぱる唄を謡い出す頃

である。

 

彫刻にしても彩色したらこの一個所の白

が恐らく甚だ効果的であろうとその時考

えた。

 

片足をちぢめて腹の中へ入れ、その腹の

羽毛が少し立っているのもおもしろい。