昨今のニュースを見ていると、権利と自由ばかり重きをおいて義務を蔑ろにされているように思われます。
権利の主張ばかりで義務は二の次です。

労働条件でも労働者の権利ばかりで、労働者の義務は語られることはありません。
労働者の義務は最低でも自分の食い扶持は稼ぐ、でしょう?
利益を確保するのは経営者って言うならば労働条件は経営者が決めたことを守るべきで、就業時間とか法律に委ねるべきではない。
労働時間を決めたところで仕事量が減るなら、それに対して得られる収入によって賃金は決められても仕方ないことです。
金はくれ休みもくれ、でも(会社の)収入が減ったら責任は経営者って虫がよすぎます。
仕事のスキルも高めるのは会社の責任って、どんだけ労働者は責任負わないのよ。

テロ等準備罪が騒がれていますが、拡大解釈すれば一般市民も逮捕されかねないって懸念して反対している人もいますが、なんでそうなるねんって思いますよ。
これも行き過ぎた権利の主張です。

あのね、人は熊や虎のように一切個人が責任負って生活しているわけじゃないから、共同社会なら規律が必要なのよ。
その中で思想信条の自由ってのは何を考えても個人の自由の前に(社会に反しない限り)ってのがあるわけよ。
テロ防止より個人の自由が優先されるわけがない。
他人の命より自分の自由を優先って、それって授業で疲れたから優先席に座って優先順位が高い人が来ても席を変わらない学生と同じじゃん。

だいたいテロ等準備罪で冤罪で捕まるのと交通事故に合うのと確率的にいえば、交通事故に合う方が高いから車を廃止しろって言わないのはおかしな話です。
同じ冤罪なら痴漢の方が高いんじゃないの?

自由って、行使したらその責任は全て自由を行使した人が持つものです。
その責任を他人に求めるなら、自由を行使すべきではありませんね。

オヤジが嫌いな死刑廃止論者の揚げ足を取るならば、死刑にならずに冤罪を晴らす可能性があるんだから、テロ等準備罪で冤罪になってもいいんじゃねぇの?
普通に生活していりゃ捕まることはないと思いますけどね。
疑わしいことしているから捕まるんだよ。